ヴェルディ:ドン・カルロ 上演時間:約4時間40分
◎あらすじ(Japan ArtsのHPより)
スペインが「無敵艦隊」を誇った時代。王フィリッポ2世は神の次に強大な権力を持って君臨していた。王子ドン・カルロはフランスの王女エリザベッタと婚約中、互いに本当の恋に落ちて喜びに震えた。しかし政局は変わり、彼女はなんと、父の妃となってしまった。傷心の痛みに苦しむドン・カルロだったが、親友ロドリーゴの友情と助言を入れて、民のために生きようと決心する。だがそれは、王さえもおののかせる宗教裁判長の怒りに触れる、フランドルの救済という道だった。様々な陰謀の交錯する宮廷で、ドン・カルロの身代わりとなってロドリーゴは死に、王妃エリザベッタは権勢を誇るエボリ公女の陰謀に陥れられる。ドン・カルロはついにスペインを旅立つ決心をするが、そこに先祖、カルロ五世の亡霊の声が響き渡った…。主要な役それぞれに見せ場があり、ヴェルディ節が炸裂。最高のキャストで魅せる、壮大な歴史絵巻。
15日(水)18:00公演の感想です。
■第1幕
フランスで初演されたときには5幕だったのをヴェルディ自身がイタリア語版を作った時にカットし、その後また復活させた、という第一幕はフランス、フォンテーヌブローの森の場面です。
2年前、ミラノ・スカラ座来日公演で「ドン・カルロ」を観たときには4幕バ―ジョンでしたので、この5幕版は初見。
戦争に疲れ、生活に窮した民を気にかけて訪問するエリザべッタ姫。民の声に耳を傾け、未亡人に金の鎖をはずして与えるなど、民に慕われる責任感の強い心優しいエリザべッタの人柄を示します。
人々が去り、宮廷に戻ろうとする姫と従者の前にドン・カルロが。
婚約者の姿を垣間見んと使節のふりをして登場、婚約者の王子からの贈り物と称して自分の絵姿の入ったロケットを渡して身分を明かし、互いに一目惚れ。
ここで、カルロのアリア、「私はあの女に逢ったとき」でヨンフン・リ―の歌声開陳。
素晴らしく響く明るい声のテノールです。背も高くスラリとして、見栄えも良し。
ヨン様(笑)は、NHKホールの広さに負けていない声量があってなかなかいいですね。
只、その後、ロドリーゴ役のホロストフスキ―や父王フィリッポ2世のルネ・パ―ぺらカリスマティックなスター歌手と並んで、の場面では、抑揚の付け方、演技などで平板な印象を受けてしまいましたが・・・キャリアの違いもありますし、そこは仕方がないことかと。
最後までスタミナ切れすることなくこの大作のタイトル・ロールをヨナス・カウフマンの代役で務めるという重責を果たしたのは彼のキャリアにとっても大きなプラスになったのでは?
エリザべッタ役のポプラフスカヤ嬢もミミ役にスライドさせられたバルバラ・フリットリの代役で、フリットリファンからは冷たい眼で観られていたようで、お気の毒でしたが、丁寧な所作と歌唱で、派手さはないながらも健闘していたと思います。
とても特徴的な四角い輪郭のお顔の方ですが、今回の衣装が、ベラスケスの絵画のスペイン宮廷風で、固い豪奢な素材でハッキリとしたフォルムのものなので、その直線的なラインが良くお似合いだと思いました(なにやら微妙な感想ですね^^;)
2人の恋の炎が燃え上がり、幸せな結婚生活を夢見ていたところに王宮から知らせが入り、講和のために、父王の妃となることが決まったと知らされて冷水を浴びせられたようになる2人。
フィリッポ2世からは、もし、エリザべッタさえ承知なら、と配慮が観られますが、講和のためにこのお話を受けてください、という民からのプレッシャーに、責任感の強いエリザべッタが心ならずも承知。
急転直下、絶望の淵に立たされる恋仲の2人・・・。
この幕があることで、 王子ドン・カルロと父王の妃エリザベッタの絆が如何に運命的なものであるかが、明確に印象付けられます。
■第2幕
第1場 スペイン、サン・ジュスト修道院
苦しい胸の内を鎮めるために、亡き祖父カルロ5世の霊廟を訪れるドン・カルロ。
そこに親友である、ポ―ザ侯爵ロドリーゴが登場。
心を許して相談するカルロ。でもフランドルから帰国したロドリーゴにとっては、スペインの圧政に苦しむ新教徒の国、フランドルが目前の関心事。窮状を訴え、その救済を使命として分かち合います。
ここで歌われるのが有名な友情のテーマ「あの方だ!~我らの胸に友情を」
恋に悩むちょっとへタレな王子、ヨン様と、公正な統治と自由を理想と掲げる崇高な理念を胸にした堂々たる騎士ホロストフスキ―が、心を許した友人同士、というにはちょっと年齢差が気になりますが、それぞれニンにあった役どころで、良い感じです。
ホロストフスキ―がこういう若々しい役、というのも新鮮ですが、とにかく銀髪と堂々とした容姿が舞台映えすることこの上なく、ようやくこの幕でテンションが上がって参りました^^
この2重唱の友情のテーマはその後、動機として何度も繰り返されることとなります。
第2場 修道院の庭
エボリ公女と女官たちが、庭に憩っている華やいだ場面。
白と金の刺繍が華やかなモノトーンの高いフリルの立ち襟のスペイン宮廷服の貴婦人が居並ぶ様は壮観で美しい。
METは衣装が豪華で、衣装好きとしては本当に楽しいですv
ここではエボリ公女の技巧をこらしたアリア「美しいサラセンの宮殿の庭で」が聴かせどころ。
エカテリーナ・グバノヴァは声も美しく、くせのない歌唱で、心地よく聴けますが、エボリとしてはもっとケレン味があっても良いかも・・・。ボロディナなら、もっと妖艶度が強かっただろうなぁと過りますが、好演でした。
マンドリンを手に絡む、テバルト役のレイラ・クレアが良く通る声と明るくはっきりとした美しい顔立ち、軽快な身ごなしで目を惹きました。
エリザべッタが登場、続いてロドリーゴが現れて、面会を求めるカルロからの手紙を渡します。
カルロは、フランドル行きの為、国王に口添えをとの面会だったのが、恋しいエリザべッタを前に思わず恋慕の情を告白してしまいます。
エリザべッタは苦しみつつもそれを退けます。
そこに王が現れて、1人でいる王妃に不審の眼を向け、責任をとってもらおうと、フランスから王妃づきの女官として同行してきたアレンベルク伯爵夫人を解任・追放。周囲の同情を一身に集めながら、エリザべッタは王に恨みを言うでもなく、優しく伯爵夫人を労わります。「泣かないで友よ」
一方、王にロドリーゴが進言。
フランドルの窮状を報告した上で、後世の歴史家にあなたが暴君であったと(ネロのような)言わせてはなりません、と不興を買うことを恐れずに真っすぐに進言するロドリーゴの男気に王が心を動かされ、自らの悩みを打ち明けます。
外憂内患。反抗的な息子に心を開かない新妻・・・。
誰にも弱みを見せたことのない王の意外な本音に「自分に王が心を開いている!」と内心の感動を歌うロドリーゴ。
腹心に取りたてようという王に今のままでいいと生意気な彼に、「宗教裁判長には気をつけよ」と言い残す王。
いや~、千両役者であるスター歌手2人ががっぷり対峙した重厚な場面で、ワクワクするなんてものではなく・・・。
2人のファンであるわたくしとしては、この日一番の興奮(笑)。
でも、パ―ぺの本領は4幕で更に発揮されるのですが(!)
■第3幕
第1場 王妃の庭園
夜中に密かにお目にかかりたい、という手紙を王妃からのものと思いこみ、勇み足で待ち人に愛を歌うカルロ。
しかしそれは自分に気があると思い込んでいたエボリ公女。勘違いに気付き青ざめるカルロに自分の早とちりを知らされて自尊心を傷つけられるエボリ。逆上して王妃との不倫を王に知らせると報復を誓うエボリと自分の短慮を後悔するカルロ。
そこにロドリーゴが現れて、エボリを抹殺しようとするのをカルロが留めます。
ロドリーゴは予測される事態に備えて密書を自分に渡すようカルロに言います。
第2場 バリャドリード大聖堂の前
公開処刑場に異教徒が十字架にかけられ火刑の準備が粛々と進められます。
見せしめの儀式ゆえ、宗教関係者、王と王妃、そして民衆が取り囲む大場面。
黒白赤金、民衆のブラウン系に対する権力者側の豪奢が際立つ演出。
そこにフランドルからの6人の使節を引き連れたカルロが助命の嘆願。
使節たちは真摯に言葉を尽くして王に訴えますが、王の厳しい態度にカルロが逆上、剣を抜いてしまいます。
この使節団、何気に豪華で、「ラ・ボエーム」でショナ―ル役だったエドワード・パークスも参加^^
それにしても、王子が口添えしてくれるということで、フランドルの使節も希望をつないだでしょうに、頼りにならない王子で気の毒ですねxxx
誰か取り押さえよ。
しかし、相手は王子。衛兵が躊躇し、カルロ自身も抜いた剣を手に進退きわまったところで、ロドリーゴが進み出て、目を観て、自分に預けるようにと。
「マルケーゼ!」公爵に取りたてる!王の信頼更に篤く。
わたしは即位にあたり、火と剣で統治すると誓ったのだ、との王の言葉どおり、処刑は執行されるのでした。
■第4幕
第1場 王の居室
眠れず悶々とするフィリッポ2世。
王妃は自分を愛したことがない・・・深い孤独。誰とも分かち合うことのできない悩み。
ルネ・パ―ぺ、「ひとり寂しく眠ろう」。
陰影深い歌唱、にじみ出る孤独と老いの影に権力者の傷ついた心の内が描き出されて胸を打ちます。
王妃が自分の白髪を見て悲しそうな顔をした・・・忘れられないあの表情、と歌うパ―ぺに涙。なんて、可哀そうな王様!
声だけでなくちょっとした手の動き、表情にも心が現れていて、円熟の演技。
ピアニシモでもオケを超えて伝わる自在な声の響き。
息を潜めて見いってしまいました・・・。この日一番の熱唱かと。
ゆっくりと眠れるのは墓場に行ってからか。揺らぐ蝋燭の炎に自分の人生を思います。
そして、自分に刃を向けた息子・・・。
盲目の90歳、宗教裁判長が到着します。
遅くにすまない。相談事とは?
王子のことだ。裏切り者だが、息子を父が死に追いやって良いものか、宗教的な見地からはどうだろう?
極刑を!
「イスパニアの地に異端の栄えたためしはありません」
権力第一主義の冷酷な厳罰を迷いなく主張する宗教裁判長をステファン・コーツァンが好演。
低いけれども声質が軽いイメージを覆し、パ―ぺと対峙するボリュームもしっかりと出してきていましたが、やや声が若いかな?
陰影を強調した原型をとどめないメークと白と赤の衣装で舞台では完全に隠されていましたが、終演後のサイン会でお目にかかった彼は、意外なほどスッキリとした都会的で端正なイケメンでありました^^;
お気に入りの忠臣ロドリーゴについても彼の自由主義的な思想ゆえ危険分子と断罪。
あまりの冷たさと権力至上主義にイラっときて反論を試みる王でしたが、ではなぜわたしを呼んだ?と言われ、今夜のことは水に流してほしいと和解を申し出、考えておこうと去る宗教裁判長。
なぜ、王権は宗教に屈しなければならないのだ・・・!
これは、この当時の政治的権力者共通の悩みであったことでありましょう。
親子、男女、宗教と政治・・・様々な対立軸がフィリッポ2世の中にあるのです。
このオペラのタイトル、「ドン・カルロ」ではなく「フィリッポ2世」でもいいかも・・^^;
エリザべッタが現れて、宝石箱がなくなったと訴えます。
これのことかと王。
カルロの絵姿が・・・と1幕での思い出のロケットを見せられて、でも毅然と、かつての婚約者ですから!と言い放つエリザべッタ。やましいところはありません!
しかし不貞となじられ、あまりのことに失神して床に倒れ伏します。
騒ぎに駆けつけたエボリとロドリーゴ。全てを知る彼は、普段の抑制の効いた様子からは想像できない逆上ぶりに驚き、エボリは自分の嫉妬心が引き起こした事態の深刻さに慄然とします。
女性二人が残された部屋で、エボリはエリザべッタを慰め、自らの罪を告白します。
嫉妬と虚栄心から宝石箱を盗み出して王に直訴したこと、そして、実は王の愛人であったことを明かし、王妃は明日には修道院に入るか出国するかを選びなさいと言い渡します。
後悔の念に苛まれながらエボリ公女が歌うアリア「ああ、むごい運命よ」
ああ、美貌が呪わしい・・・というフレーズで有名なこの曲、美貌というには育ちすぎた体型の歌手が歌うことも多く、ん?と思わされることがしばしば(笑)のアリアですが、若く容姿の整ったグバノヴァは合格。
しっとりとした後悔とカルロを救うために残された時間に力を尽くそうと誠実さを打ち出す歌唱は、ヴェールの歌よりも彼女の持ち味に合ってると思いました。
第2場 牢獄
ロドリーゴは牢獄のカルロを訪ねます。
預かった密書に細工をして全ての責任をかぶった。罪に問われるのは自分となったので、
フランドルの未来はカルロに託すとロドリーゴ。「終わりの日は来た」
王の指示が届き、衛兵の1人がロドリーゴを射殺。
虫の息でカルロに抱きかかえられながら、エリザべッタの伝言、今夜サン・ジュスト修道院で待っている、というメッセージを伝え、親友のために死ぬ歓びを歌いながら息を引き取ります。「カルロよ聴きたまえ」
王が現れて、カルロはロドリーゴが身代わりになったいきさつを説明。
なんと惜しい!忠義な男を!
ロドリーゴ、男の花道な美味しい役ですね。
ホロストフスキ―の存在感がとても大きいので、この場面、ロドリーゴが完全主役、という感じでした。
■第5幕
サン・ジュスト修道院にエリザべッタが現れます。
彼女にはもう 、現世に望みはありません。カルロとの一瞬燃え上がった愛と短かった青春をなつかしみ、運命を受け入れて死後にカルロと結ばれる、というエリザベッタのアリア。「世のむなしさを知る神」
カルロは、フランドルのために尽くすようにとエリザべッタに励まされますが、別れの言葉とともにエリザべッタが去ると共に、国王と宗教裁判長が登場。
衛兵がカルロをとらえようとすると、霊廟の奥から故・カルロ5世の亡霊があらわれて、カルロを連れ去ります。
正直、4幕で集中力を使い果たして、5幕目の印象がほとんどありません^^;
このあたりわたくしの観客力の限界でした^^;
最後の一音までドラマをとぎれさせることなく歌い続けたオケとマエストロ・ルイ―ジのパフォーマンスは素晴らしかったです。
そして、やはり、色々な対立軸を孕んだ大きなテーマを主軸にした ヴェルディ・オペラの持つ作品力と、それを表現するために一丸となって舞台を作り上げるMETの地力、そしてそのドラマを牽引する、ホロストフスキ―の実力、パ―ぺの充実、が心に残った公演でした。
3演目を一週間で観るという幸福な体験をしたわけですが、これだけキャンセル、変更があって尚、個々の公演についてはそれぞれアヴェレ―ジ以上の感動をしっかりと味あわせてくれたMETには感服しました。