『モーゼが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。
主はモーゼとアロンに向かって言われた。
「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。
それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導きいれることはできない。」』
民数記20章11&12節
杖で岩を二度打ち、
会衆に水を飲ませるモーゼ。

素敵なイラスト
発見 ChristianCliparts.netにてコードを無料配布中
しかし・・モーゼの行いは主の怒りを招いた。
金曜日(30日)は聖書通読会。
人が天国に入ることがいかに難しいことであるか。 人間の力では不可能である。 そんな学びでした。
歴史秘話の始まりです。お楽しみ下さい
まずは・・
神は、突然に、平穏に暮らしていた年老いた90歳のモーゼに、命じました。
『主はモーゼに言われた。
「わたしは、エジプトにいるわたしの民を、エジプト人の手から彼らを救い出し、
この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地へ彼らを導き上る。
今、行きなさい。
わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」』
出エジプト記3章7&10節
モーゼは、”驚き桃の木山椒の木!” てことです
”なぜに? 私が??”
『モーゼは神に言った。
「私は何者でしょう。
どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」』
出エジプト記3章11節
当然の、モーゼの疑問
ですよね!!
神は、シャーシャーと、答えます。
『神は言われた。
「わたしは必ずあなたと共にいる。
そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。」』
モーゼは、 ”えぇ???” ”何それ???”
”『わたしは必ずあなたと共にいる。そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。』
”これってどういうこと???”
モーゼ・・
”それはさておくとして・・!”
『モーゼは主に言った。
「どうしてエジプト王ファラオが私の言うことを聞き入れましょうか。」』
『主はモーゼに言われた。
「見よ。あなたを、ファラオに対しては、神の代わりとする。
あなたの兄アロンは、あなたの預言者となる。
わたしが命じるすべてのことを語れば、あなたの兄アロンが、イスラエルの人々を国から去らせるよう、ファラオに語るであろう。」』
出エジプト記6章30節&7章1節
いろいろあって・・
モーゼも観念しました。 ”神には逆らえない! よっしゃ! 引き受けましょ!!”てな具合です。
その時点から・・
”『わたしは必ずあなたと共にいる。そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。』と、神の奇跡が、山ほどに、始まります。
今日の聖書通読会のテーマ: 『杖の奇跡』を取り上げてみます。
『杖』の奇跡をお楽しみ下さい!
モーゼの枝の奇跡ーその①
「主の命じられたとおりに行なった。
アロンが自分の杖をファラオとその家臣たちの前に投げると、杖は蛇になった。
エジプトの魔術師もまた、秘術を用いて同じことを行った。
それぞれ自分の杖を投げると、蛇になったが、アロンの杖は彼らの杖を飲み込んだ。』
出エジプト記6章10&11節
その後・・
モーゼは
ファラオを降伏させるために、いろいろと、次々に、奇跡を行ないます。
ファラオは
とうとう諦めます。
『ファラオは、モーゼとアロンを夜のうちに呼び出して言った。
「さあ、わたしの民の中から出ていくがよいあなたたちもイスラエルの人々も、」』
出エジプト記12章31節
それでも諦めきれないファラオは・・
『エジプト王ファラオとその家臣は、民に対する考えを一変して言った。
「ああ、なんということをしたのだろう。
イスラエル人を労役から解放して去らせてしまったとは。」
ファラオは戦車をに馬をつなぎ、自ら軍勢を率い、イスラエルの人々の後を追った。』
出エジプト記14章5&8節
”捕まってなるものか!!”
逃げる! 逃げる! モーゼと一団






。
モーセは恐れる集団に、話します。
『「恐れてはならない。落ち着いて。今日あなたたちのために行なわれる救いを見なさい。』」
ここで・・
モーゼの枝の奇跡ーその②
『主はモーゼに言われた。
「杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。」』
『モーゼが杖を持つ手を海に向かって差し伸べると・・・

『海は乾いた地に変わり、水は分かれた。』
民のために行なわれた救いの業。
『イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った。』
『エジプト人は言った。
イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」』
めでたし!めでたし!
イスラエル人たちは、エジプト脱出大成功!!



それから
エジプト脱出→ 何もない荒野での食料不足と 新たなる敵陣との戦いの始まりです。
エジプト脱出後2ヶ月目・・
イスラエルはシンの荒野を出発して、レフィディムに宿営した。
そこには民の飲み物がなかった。
民は、徒党を組んで、モーセとアロンに逆らった。
『民は言った。 「我々に飲み水を与えよ。」』
ここで・・・
『モーゼの枝」の奇跡ーその③
『主はモーゼに言われた。
「また、ナイル川を打った杖を持っていくがよい。
あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」』
出エジプト記17章2&6節
水が出た『メリバの岩』

あれやこれやと、大問題が発生する旅。
それでも、神と共に、民を引っ張るモーセ。
そして・・
今日最後の
『モーゼの枝」の奇跡ーその④
『イスラエルの人々、その共同体全体は、ツインの荒野に入った。
そして、民は、カヂシュに滞在した。
さて、そこには共同体に飲ませる水がなかった。
かれらは、徒党を組んで、モーゼとアロンに逆らった。』
『主はモーゼに仰せになった。
「あなたは杖を取り、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。」』
ここから・・・
今日のハイライト
です!
よ~く気をつけてお読み下さい
『モーゼは、命じられたとおり、主の御前から杖をとった。
・・・・
モーゼが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。」』
どこかおかしいですか???
神の命令どうりにモーゼは動きましたか?
恐ろしくも・・神は言います。
『主はモーゼとアロンに向かって言われた。
「あなたたちは私を信じることをせず、イスラエルの人々の前で、私の聖なることを示さなかった。
それゆえに、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることは出来ない。」』
主は、モーゼとアロンに、言い渡したのです。
「『乳と蜜の流れる土地』にお前達は入れない。会衆を導くことはない。 その前に死ぬ。」と。
モーゼは何を間違えたのでしょう???
以下二つは
モーゼと同時代の、神の言葉の託宣者・バラクの言葉です。
『わたしは、神が私の口に授けられる言葉だけを告げなければなりません。』 民数記22章38節
『わたしは、主が告げられたことだけをする。』 民数記23章26節
モーゼは、神の告げられること以外の行動、に走ったのです。
神の言葉通りに事を運ばない=神の神聖をないがしろにした。 ということです
神は・・『岩に向かって、水を出せと命じなさい。』とモーゼに言った。
岩に水を出せと命じ、水を出すつもりでした。
モーゼは・・『杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出た。』
岩を打って水を出した。
神の言う命令に従うのではなく、自分の一回目の経験に頼り、岩を打ってしまいました。
90歳から130歳まで。
40年間の長きにイスラエルの民を、『乳と蜜の流れる土地』目指して、導いてきたモーゼ。
しかし・・
主に申し渡されます。「お前は 目的地に入れることは出来ない。と。
”ええ~~!” ”それってな~に??”
モーゼの悲しい声が聞こえてきそうです。
でも・・そおいうことなんです。
イスラエル人が目指した目的地=『乳と蜜の流れる土地』=『カナンの地』は、
現代の信仰に生きる者には、
キリストが一人一人のために部屋を用意して待っていてくれる『神の国』=『天国』です。
人事を尽くしたモーゼですら・・『カナンの地』に入れませんでした。
罪を犯すことがない人間はいないとなれば・・・『天国』に誰も入れない。てことです。 そのとおりです。
パウロは述べます。
『この岩こそキリストだったのです。』Ⅰコリント10章4節
モーゼの杖で、岩から出た水が、
会衆のどを潤い、命を救いました。
十字架上で、槍に突かれたキリストのわき腹から出た水は、
人類のすべての人の霊的命を救います。
御霊の水は、人類のすべてに、永遠の命をもたらした水です。
天国に人が入ることがいかに難しいことであるか。
人間の力では不可能である。 神のみぞ可能とする天国への門です。 そんな学びでした。
長々と、大好きなモーゼの歴史秘話に、お付き合い頂きました。
ありがとうございました。 感謝申し上げます
追記)
いえいえ
。このままでは、何かが違う。
『土地に導き入れることは出来ない。』
神の言葉を、悲しみながら、モーゼは受け取りました。
130歳の波乱万丈の劇的人生を終わりました。The End。 では何かが違う。
これだけでは、モーゼが、幾世代を越えて語られることにはならない。
モーゼが、『キリストの前表』と云われる所以がない。
こおいう
ことです。納得ガッテン
十字架上での処刑が決定した時・・
キリストは神に祈った。『この杯を取り除いて下さい。』と。 当然の祈りです。
その後キリストは、『御旨のままに。』と、神の御旨と受け止めて、処刑を受けた。
キリストの不条理と思える受難があってこそ・・『キリストは誠に神の子であった!』と云われ、永遠の命への道:人類の救いが成就しました。
モーゼも同様だったということです。
40年間かけて、民を、『乳と蜜の流れる土地』=『カナンの地』=『天国』 に導きました。
最後に
キリストの処刑同様に、『土地に導き入れることは出来ない。』と神に言い渡される。
その決定の時・・
モーゼも神に祈ったことでしょう。『この杯を取り除いて下さい』と。キリスト同様に。
その後、
モーゼも、キリスト同様に、『御旨のままに。』と、神の御旨と受け止めて、カナンの地を目前にして死んだ。
モーゼの不条理と思える贖罪があったからこそ、『モーゼはキリストの前表』と云われ。人類の救いの道が開いていったのです。The End。これで良し
感謝!感謝!
*****************
記録
今日・31日ラン距離:14km
雨の中のラン。
強風に押されて押されて。抵抗しても抵抗しても、”押してくる~!!”
お陰で、いつもより、30分overで終了
3月ラン合計:166,195km
主はモーゼとアロンに向かって言われた。
「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。
それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導きいれることはできない。」』
民数記20章11&12節
杖で岩を二度打ち、


素敵なイラスト

しかし・・モーゼの行いは主の怒りを招いた。
金曜日(30日)は聖書通読会。
人が天国に入ることがいかに難しいことであるか。 人間の力では不可能である。 そんな学びでした。
歴史秘話の始まりです。お楽しみ下さい

まずは・・
神は、突然に、平穏に暮らしていた年老いた90歳のモーゼに、命じました。
『主はモーゼに言われた。
「わたしは、エジプトにいるわたしの民を、エジプト人の手から彼らを救い出し、
この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地へ彼らを導き上る。
今、行きなさい。
わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」』
出エジプト記3章7&10節
モーゼは、”驚き桃の木山椒の木!” てことです

『モーゼは神に言った。
「私は何者でしょう。
どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」』
出エジプト記3章11節
当然の、モーゼの疑問

神は、シャーシャーと、答えます。
『神は言われた。
「わたしは必ずあなたと共にいる。
そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。」』
モーゼは、 ”えぇ???” ”何それ???”
”『わたしは必ずあなたと共にいる。そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。』

モーゼ・・
”それはさておくとして・・!”
『モーゼは主に言った。
「どうしてエジプト王ファラオが私の言うことを聞き入れましょうか。」』
『主はモーゼに言われた。
「見よ。あなたを、ファラオに対しては、神の代わりとする。
あなたの兄アロンは、あなたの預言者となる。
わたしが命じるすべてのことを語れば、あなたの兄アロンが、イスラエルの人々を国から去らせるよう、ファラオに語るであろう。」』
出エジプト記6章30節&7章1節
いろいろあって・・
モーゼも観念しました。 ”神には逆らえない! よっしゃ! 引き受けましょ!!”てな具合です。
その時点から・・
”『わたしは必ずあなたと共にいる。そのことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。』と、神の奇跡が、山ほどに、始まります。
今日の聖書通読会のテーマ: 『杖の奇跡』を取り上げてみます。
『杖』の奇跡をお楽しみ下さい!

モーゼの枝の奇跡ーその①
「主の命じられたとおりに行なった。
アロンが自分の杖をファラオとその家臣たちの前に投げると、杖は蛇になった。
エジプトの魔術師もまた、秘術を用いて同じことを行った。
それぞれ自分の杖を投げると、蛇になったが、アロンの杖は彼らの杖を飲み込んだ。』
出エジプト記6章10&11節
その後・・
モーゼは
ファラオを降伏させるために、いろいろと、次々に、奇跡を行ないます。
ファラオは
とうとう諦めます。
『ファラオは、モーゼとアロンを夜のうちに呼び出して言った。
「さあ、わたしの民の中から出ていくがよいあなたたちもイスラエルの人々も、」』
出エジプト記12章31節
それでも諦めきれないファラオは・・
『エジプト王ファラオとその家臣は、民に対する考えを一変して言った。
「ああ、なんということをしたのだろう。
イスラエル人を労役から解放して去らせてしまったとは。」
ファラオは戦車をに馬をつなぎ、自ら軍勢を率い、イスラエルの人々の後を追った。』
出エジプト記14章5&8節
”捕まってなるものか!!”
逃げる! 逃げる! モーゼと一団








モーセは恐れる集団に、話します。
『「恐れてはならない。落ち着いて。今日あなたたちのために行なわれる救いを見なさい。』」
ここで・・
モーゼの枝の奇跡ーその②
『主はモーゼに言われた。
「杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。」』
『モーゼが杖を持つ手を海に向かって差し伸べると・・・

『海は乾いた地に変わり、水は分かれた。』


『イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った。』
『エジプト人は言った。
イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」』
めでたし!めでたし!
イスラエル人たちは、エジプト脱出大成功!!




それから
エジプト脱出→ 何もない荒野での食料不足と 新たなる敵陣との戦いの始まりです。
エジプト脱出後2ヶ月目・・
イスラエルはシンの荒野を出発して、レフィディムに宿営した。
そこには民の飲み物がなかった。
民は、徒党を組んで、モーセとアロンに逆らった。
『民は言った。 「我々に飲み水を与えよ。」』
ここで・・・
『モーゼの枝」の奇跡ーその③
『主はモーゼに言われた。
「また、ナイル川を打った杖を持っていくがよい。
あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」』
出エジプト記17章2&6節
水が出た『メリバの岩』


あれやこれやと、大問題が発生する旅。
それでも、神と共に、民を引っ張るモーセ。
そして・・
今日最後の
『モーゼの枝」の奇跡ーその④
『イスラエルの人々、その共同体全体は、ツインの荒野に入った。
そして、民は、カヂシュに滞在した。
さて、そこには共同体に飲ませる水がなかった。
かれらは、徒党を組んで、モーゼとアロンに逆らった。』
『主はモーゼに仰せになった。
「あなたは杖を取り、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。」』
ここから・・・


よ~く気をつけてお読み下さい

『モーゼは、命じられたとおり、主の御前から杖をとった。
・・・・
モーゼが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。」』
どこかおかしいですか???
神の命令どうりにモーゼは動きましたか?
恐ろしくも・・神は言います。
『主はモーゼとアロンに向かって言われた。
「あなたたちは私を信じることをせず、イスラエルの人々の前で、私の聖なることを示さなかった。
それゆえに、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることは出来ない。」』
主は、モーゼとアロンに、言い渡したのです。
「『乳と蜜の流れる土地』にお前達は入れない。会衆を導くことはない。 その前に死ぬ。」と。
モーゼは何を間違えたのでしょう???
以下二つは

『わたしは、神が私の口に授けられる言葉だけを告げなければなりません。』 民数記22章38節
『わたしは、主が告げられたことだけをする。』 民数記23章26節
モーゼは、神の告げられること以外の行動、に走ったのです。
神の言葉通りに事を運ばない=神の神聖をないがしろにした。 ということです
神は・・『岩に向かって、水を出せと命じなさい。』とモーゼに言った。
岩に水を出せと命じ、水を出すつもりでした。
モーゼは・・『杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出た。』
岩を打って水を出した。
神の言う命令に従うのではなく、自分の一回目の経験に頼り、岩を打ってしまいました。
90歳から130歳まで。
40年間の長きにイスラエルの民を、『乳と蜜の流れる土地』目指して、導いてきたモーゼ。
しかし・・
主に申し渡されます。「お前は 目的地に入れることは出来ない。と。
”ええ~~!” ”それってな~に??”
モーゼの悲しい声が聞こえてきそうです。
でも・・そおいうことなんです。
イスラエル人が目指した目的地=『乳と蜜の流れる土地』=『カナンの地』は、
現代の信仰に生きる者には、
キリストが一人一人のために部屋を用意して待っていてくれる『神の国』=『天国』です。
人事を尽くしたモーゼですら・・『カナンの地』に入れませんでした。
罪を犯すことがない人間はいないとなれば・・・『天国』に誰も入れない。てことです。 そのとおりです。
パウロは述べます。
『この岩こそキリストだったのです。』Ⅰコリント10章4節
モーゼの杖で、岩から出た水が、
会衆のどを潤い、命を救いました。
十字架上で、槍に突かれたキリストのわき腹から出た水は、
人類のすべての人の霊的命を救います。
御霊の水は、人類のすべてに、永遠の命をもたらした水です。
天国に人が入ることがいかに難しいことであるか。
人間の力では不可能である。 神のみぞ可能とする天国への門です。 そんな学びでした。
長々と、大好きなモーゼの歴史秘話に、お付き合い頂きました。
ありがとうございました。 感謝申し上げます

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いえいえ

『土地に導き入れることは出来ない。』
神の言葉を、悲しみながら、モーゼは受け取りました。
130歳の波乱万丈の劇的人生を終わりました。The End。 では何かが違う。
これだけでは、モーゼが、幾世代を越えて語られることにはならない。
モーゼが、『キリストの前表』と云われる所以がない。
こおいう


十字架上での処刑が決定した時・・
キリストは神に祈った。『この杯を取り除いて下さい。』と。 当然の祈りです。
その後キリストは、『御旨のままに。』と、神の御旨と受け止めて、処刑を受けた。
キリストの不条理と思える受難があってこそ・・『キリストは誠に神の子であった!』と云われ、永遠の命への道:人類の救いが成就しました。
モーゼも同様だったということです。
40年間かけて、民を、『乳と蜜の流れる土地』=『カナンの地』=『天国』 に導きました。
最後に
キリストの処刑同様に、『土地に導き入れることは出来ない。』と神に言い渡される。
その決定の時・・
モーゼも神に祈ったことでしょう。『この杯を取り除いて下さい』と。キリスト同様に。
その後、
モーゼも、キリスト同様に、『御旨のままに。』と、神の御旨と受け止めて、カナンの地を目前にして死んだ。
モーゼの不条理と思える贖罪があったからこそ、『モーゼはキリストの前表』と云われ。人類の救いの道が開いていったのです。The End。これで良し

感謝!感謝!

*****************
記録

雨の中のラン。
強風に押されて押されて。抵抗しても抵抗しても、”押してくる~!!”
お陰で、いつもより、30分overで終了

3月ラン合計:166,195km