マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『絵は人なり』・・・平山邦夫・・・『画品』 そして 『品位のある生活で、ひたすら主に仕えなさい。』

2021-01-31 09:30:00 | 絵画。写真。
1月31日。日曜日。曇り。

今日は「品位」とは何だろう?
と考えさせられました。

今日・主日、私は、
用事のために奉仕できなくなった友人に代わって
『今日の第二朗読・パウロの言葉』の『聖書朗読奉仕』です。
お陰様で、ミサに出席です。

今日は、パウロは「品位」について語ったのです。
そこで、「品位」といえば平山邦夫を思い出しました。
         
私は『絵』が好きです。

                  『流沙淨土変』
 
                平山邦夫 46歳の作品             1976年作品

 平山邦夫は述べます。

     『東洋画、日本画の世界では、絵の品格=「画品」ということを非常に重んじます。
         それは「絵は人なり」と考えるからです。
     『文は人なり』と言いますが、それと同じで芸術は人格の表現そのものなのです。』


『絵』の中で、
私は平山邦夫の作品が好きです。
同様に、
平山氏の品格の表われる
格調高い『文章』も好きです。


         『絵にがあるかないかは、一本の線を見ればわかります。
     どんなに技術的に優れた線を描いても、また、複雑な色合いの線を引いても、
          そこに中身がないと品がなく、いやらしく見える。
        人格がしっかりしていなければ、それは絵として出てしまう。
   下品な人間には「品のない絵」しか描けない、ということが起こってしまうのです。』

       ここまで読んで、
          なるほどね。そんなものなのですね。 と感心する私です。

では。
平山氏の考える
『品各ある人物』とはどういう人なのか。

           『インドでスケッチをしていたときのことです。
          朝、一本の大樹の下に一人の老人が座っていた。
    東から昇った太陽でできた西側の陰のところに西の方向を向いて座っているのです。
        一日のスケッチを終え、夕方になってそこを通りがかると、
    今度は太陽が西に傾いているので、その老人は東側の陰に東を向いて座っていた。
               この老人の1日といえば、
          樹の陰とともに一八〇度すこしずつ座り直すだけ。
     何かを考えているのか、何も考えていないのか、時を超えて超然としている。
        忙しく走りまわっている私と比べてどちらが幸福なのでしょうか。
      この老人から、私は人間の品格ということを深く考えさせられたのです。』


 聖書朗読奉仕の担当のお陰様で・・・

     今日は、パウロの言葉の「品位」を読み、大いなる反省にも至り、
        平山邦夫の本を読み返す機会が与えられたのです。
                   感謝!感謝!


そして。

今日は1月31日。年間第四主日。

  今日は、使徒パウロは勧告します。

       『今日の第二朗読  使徒パウロの言葉』
    
     
            『皆さん、思い煩わないでほしい。

     独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を遣いますが、
結婚している男は、どうすれば妻に喜ばれるかと、世の事に心を遣い、心が二つに分かれてしまいます。

   独身の女や未婚の女は、体も霊も聖なる者になろうとして、主のことに心を遣いますが、
     結婚している女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世の事に心を遣います。

このようにわたしが言うのは、
   あなたがたのためを思ってのことで、決してあなたがたを束縛するためではなく、
 品位のある生活をさせて、ひたすら主に仕えさせるためなのです。』 
         コリントの信徒への手紙Ⅰ 7章32-35節


       使徒パウロは、
   先週の勧告:『この世の有様は過ぎ去る』 コリントの信徒への手紙Ⅰ 7章31節
      そのことを確信しており、
      未婚の人たちは結婚しないでいるのもよい、 という意見を持っていました。
      それは、『世の事』に思い煩うことが少なくなる、からと考えたようです。


    当時のギリシャの港町・コロントの町は、
    人口55万人くらいで、その2/3は奴隷であったようで、商業と遊びの町として有名でした。
    パウロは、
    イスラエルとは全く異なる社会環境や文化の中で、
      福音に従って生活する者が、
    色々の困難や誤解に直面してもくじけず、確固とした信仰を持つようにと、励ますのです。


      結婚することもしないことも、各自の自由であり、各自の選択であるが、
           この世の有様は過ぎ去るのであるから、
        主キリストに心も体も捧げることもよい。 と勧めるのです。

    それは、
     『品位のある生活をさせて、ひたすら主に仕えさせるためなのです。』
                         と考えたのです。


私はこんな風に考えました。
     『品位』には、 『時を超えて超然としている』 と 『ひたすら』 が鍵かもしれません。
   それは
 絶対者の存在と共に、頭を垂れながらの二人三脚。 生かされていることに気づいて、謙虚に進む。
                                 という生き方ではないでしょうか。


私たちは、
移り変わる現代の社会環境や文化の中で、
『品位ある生活』のために、どうすればよいのでしょう。
平山邦夫は、
「品位ある生活」とは、
「何事も「私心」なく、人に責任を転嫁することなく、礼儀正しく、
他人のこともよく理解しようとすることです。」 と言います。
これこそ、老若男女、どの国の方も、誰もが認める
「美しい品位ある 生き方」ですね。
それぞれの生活の場や環境の中で、
『品位ある日々』を送れるようになりたいものですね。


『今日の祈願』

   『わたしたちの神である父よ、
     心を尽くしてあなたに仕える喜びと、
    すべての人を愛する恵みをお与えください。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
明日からは、新しい週、新しい月・二月が始まります。
コロナ感染予防に十分に気を付けながら、穏やかな始まりの日々でありますように。

もうすぐ立春・・・『花の寄せ植え』 そして 『いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか。』

2021-01-30 21:47:15 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
1月30日。土曜日。晴れ。

今日も寒い一日。
それでも、
暦の上では
2月2日は冬の終わりとなる節分。
翌2月3日は立春です。


       花かごの中に・・・    『花の寄せ植え 寄せ置き』
 
               気持ちを明るくしてくれる花々    かわいい♡♡

          植木屋さんが言う。
        「今は風は強いし、温度も低い。 今外に出すと風邪を引くので・・・
               かわいそうです。
         いましばらくは、外に出して、『寄せ植え』はせず、
          部屋の中で、『寄せ置き』で、楽しんでいて下さい。」
           ”花が風邪を引くのでかわいそう” と
             外での寄せ植えの延期を言われる植木屋さんの花への愛情に感動しました。
                 この愛情が植木屋さんの心なのですね♡♡



            美しく、かわいい花々を眺めながら・・・
         ”春は近い!” ”春はもうそこまで来ているのね!” と、
             いつもの年にまして春が待たれるのは、
        コロナ終息の日を待ち望む強い気持ちと重なるからでしょうか。


そして。

今日は1月30日。年間第三土曜日。

『今日の入祭唱』

  『神よ、わたしを憐れんでください、御慈しみをもって。
   深い御憐みをもって、背きの罪をぬぐってください。』

          詩編 51章3節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『その日の夕方になって、
     イエスは、「向こう岸に渡ろう」 と弟子たちに言われた。
      そこで、
   弟子たちは群衆を後に残し、 イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。
        ほかの舟も一緒であった。

   激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。
 
   しかし、  イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。
弟子たちはイエスを起こして、
   「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」 と言った。

          イエスは起き上がって、
  
     風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」 と言われた。
      すると、風はやみ、すっかり凪になった。

イエスは言われた。 「なぜ怖がるのか。 まだ信じないのか。」
弟子たちは非常に恐れて、
「いったい、 この方はどなたなのだろう。 風や湖さえも従うではないか」
                    と互いに言った。』
       マルコ福音書 4章35-41節

       
      使徒ペトロの弟子のマルコは、マルコ福音書を書いて、
      イエスがどのような方でいらっしゃるかを述べ伝えました。

    イエスは、 風も湖も『イエスの言葉』に従う、 『力ある御方』 なのです。

   イエスは、荒波を恐れる弟子たちに、
     『なぜ怖がるのか。 まだ信じないのか。』 とおっしゃいました。

  イエス様において『神が働いておられる』ことを見るには、 『信仰』がいるのです。

      弟子たちは、イエスに呼ばれて、イエスと一緒に生活をしたばかりで、
         イエスがどういう方かを、まだよく分かりませんでした。
           弟子たちの『信仰』はまだまだ浅かったのです。

      弟子たちは、度々船で湖を渡る時、嵐にであったのでしょう。
        そんな時、船の操縦席で眠っておられるイエスに、
           呼びかけ、助けを求めました。
       するとイエスは、湖を静めて、無事に湖を渡ったのです。


   イエスは、弟子たちと行動を共にしながら、
       弟子たちが『イエスが力ある方』であることが分かるために、
           色々の『イエスの姿』を見せました。
          弟子たちの信仰を深めてくださるのです。


私たちも、
辛い事に多く出逢うのが人生です。
そんな時
私たちの信仰も浅くて
”どうして神は何もなさらないのか” と
つぶやくときがあるかもしれません。
イエスが共に人生の旅路を歩いていてくださる
ことを忘れることがあるかもしれません。
それでも
私たちも聖書を読み、
『イエスの姿』を学びながら・・・
どんな時にも
イエス・キリストが共にいてくださり
安全に導いてくださることを
深く信じることができますようになりたいですね。


『今日の祈願』

  『神よ、わたしたちにゆるしといやしをお与えください。
      あなたの愛のうちに成長し、
  いつも御旨にかなう者となりますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
寒中お見舞い申し上げます。 お風邪を引かれませんように。
明日の日曜日が穏やかな一日でありますように。          

大寒真っ最中でも・・・『換気』 そして 『人が土に種を蒔いた。寝起きしているうちに種は成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。』

2021-01-29 23:25:31 | 日々のこと。 世界のこと。
1月29日。金曜日。晴れ。

私の住む所でも
最低気温0度。最高気温2度。
更に、強風が吹き続く
とても寒い一日でした。
 
    寒い日でも・・・      『換気を守る我が家』
     
            夫婦二人だけの我が家でも、常に換気を心がけています。

集団感染を引き起こす『3つの悪条件』
 ①換気の悪い密封空間 
②多くの人の密集 ③近距離での会話や発声

     一方。
         夫婦二人ではどうにもならない『コロナショック』
      世界中の沢山の感染者と亡くなる人。 更には 世界的経済危機。
      その甚大な損害と解決策の難しさを思い、震える思いのする私です。


          今日も、ひたすら祈ります。

  『いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。
   不安と混乱に直面しているすべての人に、支援の手が差し伸べられますように。

      亡くなった人が永遠のみ国に迎え入れられ、
    尽きることのない安らぎに満たされますように。

感染の終息に向けて取り組むすべての人、医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。

    わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、
       世界のすべての人と助け合って、
     この危機を乗り越えることができるように。』

   『新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り』 参照     


そして。

今日は1月29日。年間第三金曜日。

『今日の入祭唱』

  『わたしたちの神は来られる。
神はご自分の民を裁くために、天に呼びかけ、また、地に呼びかけられる。』

                  詩編 50章3&4節


『今日の福音 イエスの御言葉』


 今日も、イエスは、『神の国』を説明なさるのに、『たとえ』を用いられます。


        『そのとき、イエスは人々に言われた。
       「神の国は次のようなものである。

     人が土に種を蒔いて、 夜昼、寝起きしているうちに、

     種は芽を出して成長するが、
どうしてそうなるのか、その人は知らない。


        土はひとりでに実を結ばせるのであり、
    まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。
   実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」

更に、イエスは言われた。
        「神の国を何にたとえようか。
        どのようなたとえで示そうか。

    それは、からし種のようなものである。
   土に蒔くときには、 地上のどんな種よりも小さいが、
 
         蒔くと、 成長してどんな野菜よりも大きくなり、
       葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」



   イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。
たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。』
              マルコ福音書 4章26-34節


          『神の国』 とは、
         領土、領域、国家、など具体的意味はあまりもっていない。
       ”神の王国的支配”・”神の統治”・”神の王権”・”神の権威”
           などと置き換えることができる。
              『聖書思想辞典』より


     『神の国』は、イエスが『神の言葉』を人間に語りかけられた時に到来しました。
『会堂でイエスの言葉を聞く皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた。』

          ルカ福音書 4章21&22節
 


  『神の国』は
   土地に播かれた『種子』のように成長するものなのです。
     心に播かれた『種子』は、神の力により、神に信頼して、ひとりでに大きくなっていくのです。
 そして。
   神の国に約束されている未来は、雄大なものなのです。
      その始まりは、『からし種』のように、小さく、つつましいものです。
       それでも、
    神の国は、始まりは小さくても、
      空の鳥が来てその枝に巣を作る大木になるように、必ず、大きくなるのです。


  言い換えれば、
    『神の国』は、開始されたときから・・・完全に実現される時まで、
          播いて・育って・実るまで・・・時間が必要なのです。
    『神の国』は、イエスの到来以来、『わたしたちの間にある』ルカ福音書17章21節 のですが、
    『神の言葉』が人間に受け入れられていく度合いに応じて・・・実現するということなのです。


私たちも、
『神の国』は、『見える形では来ません。』ルカ17章20節 
だから、
心に播いていただいた『種子=神の言葉』に、
水をまき、陽に当てて、
私たちの心の中で、大きな『神の国』になることを信じて、
時間をかけて育てたいものです。
心の中に生まれた『神の国』を、
互いの『愛の行動』で証ししたいものですね。


『今日の祈願』

  『全能の神よ、 
  あなたをたたえて、私たち一人ひとりがささげるものが、
   全ての人の救いに役立つものとなりますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
正に、日本列島全体、1月20日~2月3日までの『大寒』の真っ最中ですね。
ご自愛下さり、コロナ禍と大寒のダブルパンチを乗り切ってまいりましょう。

待ち遠しい春・・・『チューリップ』 そして 『ともし火を持って来るのは、燭台の上に置くためではないか。』

2021-01-28 10:00:00 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
1月28日。木曜日。曇り。

今日は
日本海側は大吹雪。
東京では雪が降ったそうです。
待たれる春です。

    何年も前に咲かせた・・・    『チューリップ』
 
               春を告げてくれるチューリップ。

        明日は、 チューリップの切り花 か 鉢植え、 買いに行きましょう。
               居間に飾るのが楽しみです。
            病気の友の家の郵便ポストにもいれておこう。
               早く明日にならないかな♡♡
  

そして。

今日は1月28日。年間第三木曜日。

『今日の入祭唱』

 『主に従う人は、
     口に知恵の言葉があり、その舌は正義を語る。
     神の教えを心に抱き、よろめくことなく歩む。

         詩編 37章30&31節


『今日の福音 イエスの御言葉』

       『そのとき、イエスは人々に言われた。

        「ともし火を持って来るのは、
 
  我が家の・・・         『燭台』                 友人のイスラエル土産

       升の下や寝台の下に置くためだろうか。
        燭台の上に置くためではないか。

    隠れているもので、 あらわにならないものはなく、
    秘められたもので、 公にならないものはない。


      聞く耳のある者は聞きなさい。」
また、彼らに言われた。
     「何を聞いているかに注意しなさい。

あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、 更にたくさん与えられる。

        持っている人は更に与えられ、
    持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」

        マルコ福音書 4章21-25節


今日もイエス様は『たとえ話』を人々になさいました。
私はこんな風に考えました。

     『ともし火』 は 『イエス様の言葉』 です。

      人々も弟子たちも、『イエスの言葉』 を沢山聞きました。
      イエスの『言葉』は、聞く人だけのものではないのです。
         『ともし火』である『イエスの言葉』は、
     自分一人の『宝物』としてしまっておくものではないのです。

 『ともし火』=『イエスの御言葉』は、 全ての人を照らす『ともし火』なのです。

   イエス様の話を聞いて・・・
      心に 『イエスの御言葉』=『ともし火』 を頂いた者は、
           隠して、独り占めしてはならないのです。
        自分の『ともし火』を、皆に伝える『使命』があるのです。
          皆を照らす『ともし火』とする『使命』があるのです。
            

  『イエスの御言葉』は、 信じる者の中で、 『豊かな実り』 となります。


      『イエスの言葉』を聞いて、信じる人も、 信じない人もいます。
          イエス様はおっしゃるのです。
     『神の言葉』を信じる人は、 それ以上に、 豊かな恵みを受けます。
  無関心で『神の言葉』を受け入れない人は、 持っているものも失う恐れがあリます。と。


私たちも、
私たちの心に播かれた『種』=『神の言葉』が
『心のともし火』となって・・・
全ての人の中で『豊かな実』を結ぶように
全ての人と『ともし火』を分かち合いたいものですね。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
   『神よ、あなたの言葉は、わたしの道の光。わたしの歩みを照らす灯。』
                           アレルヤ、アレルヤ。
                             詩編119章105節

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
春を待ち望みながら、今しばらく寒さを乗り越えましょう。
皆様の明日が、穏やかな一日でありますように。 

今年の夢・・・『朝練』 そして 『種は神のことば、蒔く人はキリスト。キリストを見いだす人は永遠に生きる。』

2021-01-27 06:00:00 | 私のこと
1月27日。水曜日。晴れ。

幸せなことです。

      今朝も・・・     『朝練』
 
          一回寝坊をして、『昼練』を経験すると、そのまま流される。
             『朝練』 と 『昼練』 とは全くの別物です。
                私には『朝練』が向いています。
          朝に運動ができることは有り難いことです。 感謝!感謝!


ブログを訪問させていただくと、
二人の方が素敵な壮大な『今年の夢』を語っておられました。
私まで、心嬉しくなりました。

お一人は今年喜寿をお迎えになる大阪お住まいの男性。
昨年は、『江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)』を成就なさいました。
『今年の夢』は、『江戸・西国街道歩き旅(京都・羅城門から九州・大里へ)』。
1週間ほど前に出発なさった。 頑張って下さい!!

          『夢』はかなえるためにある。 といいますよね
        76歳の『一人旅』は、『心の解放』を実感する旅となるのでしょうか。
            私も『夢』を読ませて頂いて、ワクワクしています。

   

お一人は、現役真っ只中の60代男性。
今すぐ出かけることはできないが、
70歳までに実行できるかな? と、
多岬(鹿児島県)から 宗谷岬(北海道)までの『車旅』。
 
   『夢』計画を楽しんでいらっしゃいます。
  なんと素敵な夢でしょう。応援しています!


           『夢』は人生を豊かにする。  といいますよね。
       『夢』をお人と分かち合い、『夢』実現のためにお人の力を借りる。
         『夢』はお人とのつながりが生まれるのものです。
             人生が豊かになります。
          私も『夢』を読ませて頂いて、ワクワクします。


    私の今年の『夢』は、 地味に、雨にも負けず、風にも負けず、 『朝練』の継続です。
        100kマラソンもフルマラソンも十分に楽しみ、もう出場はなかろう。
               それでも走り続けたいのです。
           自分に課す、心身の鍛錬のための、『挑戦』なのです。
                自己に打ち勝てるか? 
                 『我が夢』です。


そして。

今日は1月27日。年間第三水曜日。

『今日の入祭唱』

   『主はわたしの光、わたしの救い。 わたしは誰を恐れよう。
 主はわたしの命の砦。 わたしは誰の前におののくことがあろう。』

         詩編 27章1節


『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
『種は神のことば、蒔く人はキリスト。キリストを見いだす人は永遠に生きる。』
                              アレルヤ、アレルヤ。


 思い出すのは・・・

             『種蒔く人』
  
   山梨県立美術館所蔵                           ミレー作品

      『自然と闘いながら働く農民の厳しさと誇りが強く感じられ、
      農夫は、強大な自然に立ち向かうたくましい男の姿です。』

           『ミレーと出会う』 本より  


     『種』とは 『神の御言葉』 そして 『種蒔く人』は 『キリスト』です。
         キリストが『種』播く、『大地』は 私たちの『心』です。

     イエス様は、『神の御言葉』を、力強く、わたしたちの心に播いてくださり、
      それによって、私たちは神を知り、又 イエスを知るようになりました。

     そして。

          『永遠の命』とは、
   『唯一のまことの神 と 神がお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。』

                          ヨハネ福音書 17章3節
     
      イエスを知れば・・・
      イエスが『神から遣わされた方』だと信じることができるようになります。
          それが『本当の命』であり、
         人は、本当に生きるようになるのです。
  キリストを通して、いのちの源である神との『人格的な交わり』を持つことなのです。


       『本当の命』 は 『永遠の命』 なのです。
          その命には終わりがないのです。


    イエスが『種』を播いてくださらなければ、神を知ることができません。
        イエスなしには、神を知ることができません。
      神なしには、イエスが誰であるかを知ることはできません。

私たちも、
今の時代にも
『イエスの御言葉』を伝える人がいなければ、
神を知ることができません。
『聖書』の『御言葉』を通して、
神が働いておられ、聖霊が働いておられます。
『御言葉』を聞く人が信じることができますようにと
お祈りしてまいりましょう。


『今日の拝領唱』

  『御言葉を聞いて受け入れる人たちは、百倍の実を結ぶのである。』
         マルコ福音書 4章20節
 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様の『今年の夢』は何ですか?  コロナ禍の時こそ、未来に『夢』を持ちたいですね。
夢は、計画している段階から、心を明るくしてくれますよね。

コロナ禍下での再考・・・『日本の食料自給率』 そして 『収穫は多いが、働き手が少ない。収穫のための働き手を、収穫の主に願いなさい。』

2021-01-27 00:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。
1月26日。火曜日。晴れ。

米国カリフォルニア在住の
日本人の方のブログに書かれていました。
感染予防のために外出を控えて、
食料品を 数日分買いだめをします。

               『自家製 ぼんたん』
 
              夫の姉夫婦の手作りみかん         一箱分頂きました   
        土のにおいを感じるような素朴なお味がおいしいのです。


そのブログを読んでフト頭によぎりました。
コロナ禍発生以降・・・
日本への食品輸出が滞ることがあったら
外国の食品に頼り切っている日本、
日本はどうなることでしょう!?

そこで調べてみました。

   < 2009年度の都道府県別の食料自給率>

< 100%以上のトップ7県>
  北海道:187% 秋田:175% 山形:134% 続いて・・・青森。岩手。新潟。佐賀。の7県です。
      <ワースト3県>
         東京:1%  神奈川:3%。 大阪:2%


        <2017年度の世界の食料自給率>
  <トップ5国>
  カナダ:264% オーストラリヤ:223% フランス:127% ドイツ:95% イギリス:63%

           <2018年度の日本の食料自給率>
   日本:37% (2017年度は38%) 過去最低を記録。1億人以上の人口国の最下位。


            日本で食べられているもののうち、
37%が国内で生産されたもので、残りの63%は海外からの輸入に頼っているということになる。
  東京にお住まいの人たち、都会住まいの人たちは、ほぼ100%他力で、食事をしているのです。

    日本の食料自給率は主要先進国のなかでも最低の水準であることは知られています。
             海外依存度が高ければ高いほど、
輸入元の国が不作になってしまったり、戦争などの情勢によって輸入ができなくなったりすると、
           途端に食料不足になってしまいます。

       そのため、現状に危機感を覚える向きも少なくない。
    『日本を滅ぼすには、刀はいらない、食料の道を断ち切ればよい』 よく聞く『言葉』ですよね。


        日本の戦後直後(1946年度)の食料自給率は88%でした。
     ところが、1965年度に73%の水準を記録して以降、緩やかに下がり始め、
      2000年度以降は40%前後でほぼ横ばいに推移している。

  その要因は、戦後の復興に伴い、国が次第に豊かになっていくと、食生活が欧米風に変化して、
     コメの消費が減る一方、肉やパンの需要が急激に増えていったためです。

農水省の発表している品目別自給率によれば、現在、コメの自給率は主食用において100%だが、
       輸入に頼っている飼料で育ったものを除外すると、
      自給率は 牛肉:10%、 豚肉:6%、 鶏肉:8%、と著しく低い。

小麦:14%、大麦:9%、大豆:7%、果実:38%、食用の魚介類:55%、砂糖類:34%、油脂類:13%、
        国内におけるそれぞれの品目の自給率である。

      現状に危機を感じる日本です。
これを受け、2010年に当時の民主党政権が、2020年までに食料自給率を50%に回復させるという目標を立てた。
      しかし、2015年には 『目標値:45%』 に引き下げられた。 それでもまだまだですね。
         以上。農水省出展・日本の食料自給率 より


  私たちは、コロナ禍により、大きく社会が変わることを、予感しています。  
       自給自足とまではいかなくても、
    環境破壊を起こす事柄、 飽食の時代、 使い捨て文化、等々、
  コロナ禍の試練に遭った者として、まじめに再考しなくてはなりませんね。


そして。

今日は1月26日。年間第三火曜日。


『今日の入祭唱』

   『神は仰せになる。
 わたしはわたしの心、わたしの望みのままに事を行う忠実な祭司を立て、
        彼の家を確かなものにしよう。』

         サムエル記上 2章35節


『今日の福音 イエスの言葉』

  『そのとき、 主はほかに七十二人を任命し、

    御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。

そして、彼らに言われた。
        「収穫は多いが、働き手が少ない。
   だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。


       行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。
      それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。
   財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。

どこかの家に入ったら、まず、
      『この家に平和があるように』 と言いなさい。

    平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。
      もし、いなければ、 その平和はあなたがたに戻ってくる。

    その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。
       働く者が報酬を受けるのは当然だからである。
         家から家へと渡り歩くな。
     どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、
 その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』 と言いなさい。」』
       ルカ福音書 10章1-9節

   ルカ福音書の著者のルカは、
   『イエスの言葉』を多くの人に知らせる『使命』を感じました。
      その方法は、地味で地道な、愚かな、『宣教』 によるのでした。
         福音書を書き、そして 一軒一軒と回ったのです。


   使徒パウロは次のように考えました。
『神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。
     ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、
    わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。
  すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、
    ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、
    神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。』
      コリントの信徒への手紙Ⅰ 1章21〜23節


        神は、世界中の全ての人を救うつもりでした。
    その方法は、イエスが起こす『奇蹟』に頼るようなことではなく、
         愚かともいえる『宣教』によりました。
  それは、必ず、『恵みを与える神』が共にいてくださる事を信じる方法なのです。


     私たちも、『日本の食糧事情』 を克服していくためには、
        地味で、地道で、忍耐力を要する、
       『信頼の道』 を進むことなのでしょう。
  互いの力を信じ、 神の助けを信じ、 一歩一歩進んでまいりましょう。


『今日の拝領唱』

  『わたしが来たのは、彼らが命を受けるため、
    しかも豊かに受けるためである。』

       ヨハネ福音書 10章10節

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
コロナ禍で、東京を離れ郊外に越す方々も多いとかのニュースを聞きます。
働き方、住まい方、等々、価値観が大きく変わっていくのでしょうか。

『椿』に願いを託する。 『聖パウロの回心 祝日』・・・『わたしは、戦いを立派に戦い抜き、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。』

2021-01-25 10:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
1月25日。月曜日。曇り。


   庭に咲く・・・        『椿』
  
            美しく咲く花に『願い』を託します。

        ワクチンは、変異Covidにも効果があるそうです。
            今日も、心を込めて祈ります。

           『世界のすべての人が助け合って、
 世界中へのワクチンの配布で、世界中がこの危機を乗り越えることができますように。
  不安と混乱に直面しているすべての人に、支援の手が差し伸べられますように。

          病に苦しむ人に必要な医療が施され、
          感染の終息に向けて取り組むすべての人、
       医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。』
          『新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り』参照


そして。

今日は1月25日。年間第三月曜日。

      『聖パウロの回心 祝日』
 
    『聖パウロの回心 キリストとパウロの出会い      ミケランジェロ作品

    キリストの弟子たちを迫害していたサウロ(後のパウロ)は、
    純粋なイスラエル人=律法を守る者として育ちました。
初めてのキリスト教殉教者のステファノの殉教の後、
ダマスコへ向かう途中、復活したキリストに出会い、特別な恵みで心の目が開かれ、
    イエス・キリストを受け入れ、キリストの迫害者から信仰者に変わった。
 
           使徒言行録 9章1-22節
それ以来、
      最初の使徒たちに負けない程に熱心に宣教し、
   
     初代教会に多大な影響を与え、大いに貢献しました。
        ユダヤ教以外の人々にも福音を宣教し、
     広く地中海沿岸の国々までキリスト教を広めました。
         『聖書100週間 手引』より


『今日の入祭唱 使徒パウロの祈り』

      『わたしは自分が信頼している方を知っています。
    その方は正しい審判者で、終わりの日まで守ってくださる。

   わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走り通し、
        信仰を守り抜きました。
       今や、義の栄冠を受けるばかりです。
   正しい審判者である主が、かの日にわたしに授けてくださいます。
     主が来られるのをひたすら待ち望む人には、
         誰にでも授けてくださいます。』
       テモテへの手紙Ⅱ 1章12節&4章7-8節
 

   聖パウロは、手紙を獄中から、愛する弟子のテモテへ書き送ったのです。 
   テモテがキリストの兵士として、苦しみに耐え忍ぶように勧めるのです。

        パウロ自身は、良い戦いを戦い、信仰を守り抜き・・・
      最後には、『勝利の冠』を受ける希望を持っているのです。


     主は、いつもパウロのそばにいて、パウロを強めてくださるのです。
    パウロは、テモテに、最後まで強い信仰を持つようにと、励ますのです。


私たちも、
人生に何があるのか分からないものです。
それでも
信仰深く、力を尽くして、
この世を戦い抜き、
終わりの日に『勝利の冠』を
神様から与えていただきましょう。


『今日の祈願』

  『救いの源である神よ、
あなたはパウロの宣教によって、全世界に信仰を伝えてくださいました。
    使徒パウロの回心を祝うわたしたちが、
 聖人にならって回心の道を歩み、真理を世界に証しすることができますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
コロナ終息を願って、自粛を続けましょう。 祈り続けましょう。
こんな時だからこそ、なお一層回りの人に優しくして、皆で穏やかな日々にしてまいりましょう。

聖書朗読奉仕・・・『この世の有様は過ぎ去るのです。』 そして 『時は満ち、神の国は近づいた。』

2021-01-24 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
1月24日。年間第三主日。

コロナ感染予防対策として
私のミサ出席日は月一回です。
今日は嬉しい『出席日』でした♡


        『今日の第二朗読   使徒パウロの言葉』
   
                   信徒の奉仕:『聖書朗読』です。 写真はネットより拝借しました。

         『兄弟たち、わたしはこう言いたい。
           定められた時は迫っています。
  今からは、妻のある人はない人のように、  泣く人は泣かない人のように、
    喜ぶ人は喜ばない人のように、     物を買う人は持たない人のように、
     世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。
        この世の有様は過ぎ去るからです。』
            コリントの信徒への手紙Ⅰ 7章29-31節


今日、私は、『聖書朗読の奉仕』でした。
『これは、神のことばを告げ知らせる重要な奉仕です。
神のことばが、聴いている人たちの心にしみ込んでいくために、
朗読奉仕者はその大切さを理解する必要があります。』
             といわれます。  典礼の手引きより


         聴いている方々の心にしみ込んでいただくために、
私は、 『この世の有様は過ぎ去るのです。』 の 『言葉の大切さ』 を理解しなければなりません。
     理解すればするほど、それが身についていない自分の愚かさに気づいた次第でした。

       
司式司祭様のお説教です。一部です。

  『この世に生きるためには、諸々のことが必要です。 
      そして、諸々のことは、各自の自由であリ大切ではあるが、やがては過ぎ去るものです。
   私たちがもっと「イエスの福音=神の国」を求めることは、更によいことなのです。
      信仰者が求めるものは、過ぎ去ることない 『神の国』 なのです。
          『神の国』を求めて、祈ってまいりましょう。』
            
      なるほどね。
      過ぎ去るものであるこの世のものに執着心を持たず、神の国を求める。
      頭では分かっていても、断捨離すら進まない私には、大きな課題です。

   司祭様は、『神の愛は、すべての人に注がれています。
      神は愛であり、すべての人を、神の愛に招いておられるのです。』
                 とも、お話しなさいました。


私は、
自分の愚かさに気づき、
そして
司祭様のお説教に
勇気づけられ、教えられました。
愚かさを克服するためには
祈りが必要だったのです。


                         
『今日の福音 イエスの御言葉』


   『8洗礼者)ヨハネが捕らえられた後、
       イエスはガリラヤヘ行き、神の福音を宣べ伝えて、
     「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」 と言われた。

イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、

    シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。
      彼らは漁師だった。
   イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」 と言われた。
        二人はすぐに網を捨てて従った。

また、 少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、
舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、

すぐに彼らをお呼びになった。
この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、 イエスの後について行った。』
        マルコ福音書 1章14-20節


私はこんな風に考えました。

     イエス様の『福音・メッセージ』は、
  『時は満ち神の国がきました。 悔い改めて福音・良い知らせを信じなさい。』 でした。


   シモンとシモンの兄弟アンデレ そして ヤコブとその兄弟ヨハネは、
    イエスの『呼びかけ』を聞くと、
      今までの生活も、仕事も、家族も、捨てて・・・
       すぐに、イエスに従ったのです。


      イエスに呼ばれると、一瞬にして、
 諸々のことはやがては過ぎ去るもので、『イエス』を求めることは、 更によいことなのです。
                    ・・・と、気づいたのです。 悟ったのです。



     なぜ? 4人の漁師は、一瞬にして、気づいたのでしょう? 悟れたのでしょう?
           分かりません。
      しかし。 私たちには、唯一、分かっていることがあります。
          『イエス様の御言葉』です。
     『あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。』
               ヨハネ福音書 15章16節

      私たちは自分で、『神の国』 を選ぼうとします。
        しかし私たちは祈り求めるだけかもしれません。
   神様が、私たち一人一人を呼んでくださって、
          『神の国』への希望を与えてくださるのですね。


私たちは、
今も、いつも、
神様が呼びかけておられることを信じ
祈るのです。
すると、
イエスに従っていくことができるということですね。


『今日の祈願』


   『いのちの源である神よ、
  移り変わるものごとに心を奪われがちなわたしたちに、
 あなたは変わることのない救いの喜びを与えてくださいます。
わたしたちの心を新たにし、キリストに従って歩む者としてください。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
週末はいかがでしたか? 
明日からのお仕事や学校の日々が穏やかでありますようにとお祈り申し上げます。

『緊急事態宣言』で『ヘヤーカット』 そして 『イエスは、「あの男は気が変になっている」と言われていました。』

2021-01-23 14:00:00 | 私のこと
1月23日。土曜日。雨。

STAY HOMEの日々は
『心身のケア』をしっかり、
配慮しなければなりません。

長年お世話になる美容院は
2人で切り盛りする個人経営です。
このコロナ禍の時期・・・
お客の安全第一で
同時間に一人のみの受付となさっています。
お店の努力も大変なものです。

私も思いきって『ヘヤーカット』に出かけました。

           『米国ファーストレディー  ジル・バイデン夫人』
         
                                   大統領就任式のジル婦人

         ファーストレディーのスタイルは、その時代の流行になるものです。
       上皇后美智子様のご婚約が決まったときは、”ミッチースタイル” でしたね。
         人気のケネディー大統領の奥様は、”ジャッキースタイル” でした。
          バイデン大統領の奥様は、”ジル・スタイル” となるのでしょうか。


        ヘヤーカットすることなく何ヶ月も過ごした私の髪は伸びてしまいました。
            ”今日はどのくらい切りましょうか?”  と美容師さん。
            ”今日は、 ジルスタイル でよろしくね” と私。
            70歳のバイデン夫人のヘヤースタイルです。

      私には似ても似つかぬ大統領夫人の髪型で、美容師さんにおまかせです。
       ただ、美容師さんと私の、久しぶりの 『会話』 を、笑顔で楽しみました。
           
     
           
今日も、私は、     
家中を歩いて&スクワット10回で血流をよくし、 玄関の花でを明るく、 朝の薄化粧で気持ちをシャッキとさせました。
       更に『ヘヤーカット』で気持ちが明るくなりました。 感謝!感謝!
      そして、
   全国の美容院の皆様のご苦労が報いられますようにと、心からお祈り申し上げました。


そして。

今日は1月23日。年間第二土曜日。

『今日の入祭唱』

『主の命令はまっすぐで、目喜びを与える。 主の戒めは清らかで、目に光を与える。
 主への畏れは清く、いつまでも続き、主の裁きはまことで、ことごとく正しい。』

         詩編 19章9&10節


『今日の福音 理解されないイエス』

   『そのとき、 イエスが家に帰られると、 群衆がまた集まって来て、
 
         一同は食事をする暇もないほどであった。

     身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。
  「あの男は気が変になっている」 と言われていたからである。』
           マルコ福音書 3章20-21節



      イエスは、その生涯、自分を忘れて、人に仕えておられました。
         ご自分の神からの『使命』を果たすためでした。
      それは普通の人とは違って、『特別の生活』 だったことでしょう。

         『特別の生活』は、人には理解の難しいことです。
 イエスの身内の人たちは、イエスが気が変になり、悪魔に振り回されていると思ったようです。
 自分が良く知っている人が、『神からの使命』に召されているとは、普通は考えにくいことです。


     イエスの生涯は、理解されることは少なく、悲しいことだったでしょう。


私たちキリスト者も、
キリストに従って生活することは
人から変だと思われることもありますでしょう。
それでも
神様は一人一人の中で働いていらっしゃるのです。
一人一人に与えられた、自分の『使命』を果たせるといいですね。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
  『神よ、わたしたちの心を開き、あなたの子が語られることに心を向けさせてください。』
                                     アレルヤ、アレルヤ。
            使徒言行録 16章14節 参照


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
コロナでSTAY HOMEの毎日だからこそ、お家の中で楽しみを見つけられるといいですね。
私は赤線を引きながら、新聞から語彙を学び増やしています。

52年前に考えたこと・・・『考えるヒント』 そして 『イエスは12人を任命し、使徒と名付け、ご自分のそばに置かれた。』

2021-01-22 14:00:00 | 大学。大学院。本。コンサート。ラジオ。映画。
1月22日。金曜日。一日中霧雨。

今までに、沢山読んで、沢山処分してきた本です。
それでも
好きで、長年処分ができなかった本もあります。
    『My 秘蔵本』

自粛生活でSTAY HOMEの続く毎日。
長年持ち続けた『秘蔵本』を読み返しています。


  52年前(1969年)に購入した・・・   『考えるヒント』
 
         昭和39年5月(小林62歳)   初版発行  著者:小林秀雄
         昭和44年6月(1969年)     新宿・紀伊國屋で私は購入
                            (私は購入日を必ず記録するのです)

     57年前に発行された『考えるヒント』は 『古典』 とはいえませんよね。

  52年前の若い私が読んだ時に、何を感じたのか自分の気持ちは全く覚えていません。
     ただ52年前の若い私には、きっと大きな影響が与えられたことでしょう。

  52年たった今、年を重ねた私が、 『考えるヒント』の中の『随筆』:『樅の木』 を読み返す時、
自宅にただ一本立つ樹齢何百年という 『樅の木』 への小林の際立つ愛情、を感じることができます。

      私は、年を重ね、現役から離れた今、
      物事を客観的に見ることができるようになり、
        小林秀雄の気持ちが、自分の気持ちと重ねて読めるのが、面白いのです。



そして。

今日は1月22日。年間第二金曜日。 

『今日の入祭唱』

   『主はわたしの光、わたしの救い、 わたしは誰を恐れよう。
  主はわたしの命の砦、 わたしは誰の前におののくことがあろう。』

              詩編 27章1節


『今日の福音 イエスの御言葉』


       『そのとき、  イエスが山に登って、
  これと思う人々を呼び寄せられると、 彼らはそばに集まって来た。
そこで、  十二人を任命し、使徒と名付けられた。

       彼らを自分のそばに置くため、
 また、派遣して宣教させ、 悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。


       こうして十二人を任命された。
 
       シモンにはペトロという名を付けられた。
 ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、
      すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。
アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、
  それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。』

         マルコ福音書 3章13-19節


      イエスは、自分と一緒に生活する 『12人の使徒』 を選びました。
         その選びは、『不思議な選び』 でした。
       彼らは、使徒にふさわしいと思われる人ばかりではなく、
   罪人と言われていた徴税人のマタイも、イエスを裏切るユダも、選ばれたのです。

          イエスと12人は、共に住み、互いに親しくなり、
       イエスと親しくなり、『新しい民』 となっていったのです。


    『福音』は、
      まずは、イエスご自身が、言葉と行いによって、述べ伝えました。
       その後、
      イエスに指名された12人の使徒を中心に、
      『新しい民』によってできた『キリスト者の共同体』によって、述べ伝えられたのです。


私たちキリスト者も、
ふさわしい者ではなかったのですが
神の恵みにより、選ばれたのです。
12人の使徒たち同様に、
福音を伝え、お人を幸せにする、
『使徒職』が与えられたのです。
聖書の『イエスの御言葉』を読みながら
いつもイエス様と共にいて、イエス様と親しくなり、
イエス様から力を頂き、
少しでも『使徒職』が果たせるといいですね。


『今日の祈願』

  『いつくしみ深い父よ、
 御ひとり子の豊かなたまもので満たされ、
   いつもそのいのちにに生きることができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は、明日からの土曜日と日曜日はお休みですか?
STAY HOMEで思い出の品々をひっくり返してみるのもいいですね。
大寒の真っ最中で寒さの続く毎日、どうぞご自愛ください。