12月31日。金曜日。曇り。
お正月の縁起木
『センリョウ』
花言葉は、『寿ぎ』『徳のある人』『慶祝』。
『センリョウ』

2021年も残すところあと僅かとなりました。
ブログを今年も一年間無事に書き続けることができましたのも、
ブログを今年も一年間無事に書き続けることができましたのも、
御訪問下さいます皆様に励まされたお陰様です。
今年一年間、誠にありがとうございました。
感謝申し上げます。
コロナウイルス禍の収束の目処が立たないままに
今年が暮れていきます。
それでも希望を失うことなく、新年を迎えたいと思います。
2022年が皆様にとって良い年でありますようにお祈り申し上げます。
世界も平穏でありますようにと祈ります。
来年もどうぞ宜しくお願いいたします。
そして。
今日は12月31日。主の降誕第七日。
『今日の入祭唱』
『一人の男の子がわたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「永遠の御ことば」と呼ばれる。』
イザヤ書 9章5節 参照
『今日の福音 神の言葉』
『初めに言があった。言は神と共にあった。

言は神であった。
この言は、初めに神と共にあった。
万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
言の内に命があった。
命は人間を照らす光であった。
光は暗闇の中で輝いている。
暗闇は光を理解しなかった。
その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
言は世にあった。
世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。
言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
しかし、
言は、自分を受け入れた人、
その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。
この人々は、
血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、
神によって生まれたのである。
言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。
わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、
恵みと真理とに満ちていた。
わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、
恵みの上に、更に恵みを受けた。
律法はモーセを通して与えられたが、
恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
いまだかつて、神を見た者はいない。
父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。』
ヨハネによる福音書 1章1-4&9-14&16ー18節
初めに、『神のことば』があった。
『ことば』は人となって、私たちの世に来られた。
それは、私たちに『命』を与え、『神の子』とするためであった。
『神のことば』である『イエス』です。
旧約時代には、天地創造の時、
『神のことば』によって、すべてが造られたのです。
新約時代になって、神に遣わされて、
『神のことば』はこの世にお生まれになりました。
すべての人に、神からの『救い』を告げるためでした。
私たちは、
『神のことば』が受肉したイエス様の話によって、
※神がどのような人であるかを知るようになりました。
イエスの話を信じる人は、
※本当に生きるのです。
※神と一緒に生きる、『神の子』だと言われるのです。
感謝!感謝!
『今日のアレルヤ唱』
アレルヤ、アレルヤ。
『みことばは人となり、わたしたちのうちにお住みになった。
主を受け入れる人には神の子となる恵が与えられた。』
典礼聖歌 259番 公現前① アレルヤ、アレルヤ。
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
明朝が、2022年世界の素晴しい夜明けとなりますように。 お元気で!