新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカの質が低い労働力が何をもたらしたか

2023-09-28 07:49:53 | コラム
アメリカの労働力の質に問題がある:

些か回顧談の部類にはなるかと思うが、アメリカの職能別労働組に20年以上もアメリカ側の一人として接触してきた経験から、その労働力の質の低さが何をもたらしたかを考えてみようと思う。その詳細は21年3月に述べてあったので下記に一部を引用しておく。私はアメリカの問題点は日本にはない職能別労働組合(craft union)の制度にあるとみているのだ。後難を恐れずに割り切って指摘すれば「その労働力の質の問題の為に、輸出市場での競争力に乏しくなっていた」のである。

その実態はウエアーハウザーが1990年代に入ってからは、アメリカの会社の中で対日輸出額ではボーイング社に次ぐ第2位だった実績も雄弁に物語っている。それは、「我が社は木材・紙パルプという、言わば一次産品に近い製品ばかりを輸出している」と上智大学経済学部の緒田原涓一教授に語ったところ「それでは、アメリカはまるで日本の植民地のようではないか」と言われてしまった事からも言えると思う。

その辺りを見抜いたGAFAMは「自社の工場で生産しない」形の企業として飛躍的に成長して、その分野における巨人とも言える企業になっていた。思うに、彼らは「アメリカは基本的に輸出国ではなく、内需で賄われている国であること」を承知していたのだろう。その点はロッキー山脈で経済圏が東西に分断され、ロッキーよりも東側にある企業は太平洋沿岸の国への輸出に不適格であると認識して国内市場に専念しているのだ。

トランプ前大統領はその輸出には不向きな産業構造をご承知でなかったようで、「日本はアメリカに輸出をしても輸入をしないのは怪しからん」などと見当違いのことを言い募って、故安倍晋三総理に迫っていたようだった。この事がトランプ前大統領はアメリカの労働力の質に問題があると認識できていなかった実態を示していると言わざるを得ない。

1994年7月に当時のUSTRの代表者だったカーラ・ヒルズ大使が公開の席で指摘された「対日輸出を増やす為には識字率の向上と初等教育の充実の必要性がある」との2点を挙げてきた。これは誠に尤もなのであるが、我が国では一寸想像できない事態だと思う。それは、「アメリカの労働組合員たちの中には字が読めず、十分な教育を受けていなかった為に英語が読めない者がいる」と、ヒルズ大使は言っておられたのだから。

 その実情はどうなっているかと言えば、アメリカでは工場には組合員の指針とする為に、作業の手引となるマニュアルに親切丁寧に作業の内容が指示されている。だが、字が読めない組合員たちもいるのだから、読まないか読んだ振りをすることが屡々生じるのだ。また、経験上も言えるのだが、彼ら組合員たちには確かに英語が解らない移民や難民や外国人がいるのだ。

換言すれば、アメリカの製造の現場では、そのような労働者を抱えて作業しているとなるのだ。そのような状態にある組合員たちがいるのでは、スペック通りに製造されていない、規格外品が正常品として検査の目を潜って出荷されてしまう事も起きてしまうのだった。

 ここで、念のために確認しておくと「私が論じている事はアメリカの紙パルプ産業界の工場における事であり、他の産業界でも同様な状況にあるとまでは断定していない。だが、アメリカでは労働組合は会社に属しておらず、業種毎に業界横断のCraft Union(=職能別組合)から組合員が派遣されている仕組みになっているのだ。例えば、自動車業界にはUAWがあり、鉄鋼業界にも業界横断のUSWAがあるという具合に。

紙パルプ産業界や、ボーイング社に代表される航空機産業以外の産業界が我が国への輸出で大成功を収めていないという現実を見れば、そこにも労働力の質に問題があると思っている。認識しておいて欲しいことは「労働組合は法律的にも会社とは別個の存在である」という文化の違いがある点なのだ。

ここで、もう一つ我が国との決定的な違いに触れておこう。それは製造の現場で作業している組合員たちは会社に所属しているのではないのだから、現場の設備にでも何か事故が生じた際などには、会社側の技術者は「対策の内容を指示できるが、手を下してはならない」のである。それは、組合員ではない者が直接に介入すれば、組合に対する「労働阻害行為」に当たるからだ。

 
即ち、労働組合員たちは会社側とは別個の存在であり、組合に入れば“union card”という身分証明書を交付されて身分は法律的に保護される事になる。そして、組合員は時間給制であり、現場に出れば、先ず最低の時間給である雑役から始まって、年功と共に仕事の内容が高度になって行き、時間給も上がっていく仕組みになっているのだ。

 組合員たちは勤務年数が増えれば仕事が行動で難しくなっていき、最年長者ともなれば現場から離れて、会社員のようにジャケットを着て試験室でデータ表の作成をする等の楽な仕事をするようになるのだ。ここで注意しておく事がある。それは、勤務年数で職位が上がっていくという事は、馴れない新人が入ってくるか、これまでに雑役に従事していた製造現場の未経験者が未知の分野の製紙の機械を操作さするようになる。

そこで、先達からの引き継ぎが解らなかいとか、用意されているマニュアルが読めない者がいたらどうなるのかという事だ。現実にはそういう者でも年功で仕事の質が上がっていくのだから怖い。

我が事業部では本社機構にいる者全員がこの現場の実態を十分に認識していたからこそ、組合員たちに「技術を向上させ、品質の向上と改善に努力する事が事業部全体の営業面での安定に貢献し、対日を始め輸出市場での地位が確固たるものになれば、君らの職の安全と安定が保証されるのだ」と、再三再四説き聞かせてきたのだ、換言すれば「輸出市場でのサプライヤーとしての地盤と地位の確立」と「労働組合の意識向上と労働力の質の向上」は、言わば車の両輪であると言い聞かせたのだった。

 労働組合が会社側とは別個の存在であるとの点は、これまでに何度も採り上げてきた。しかしながら、思うにトランプ前大統領のように実情というか、アメリカは輸出国ではない事をご存じではなかったとしか思えない政治家もいるのだ。あのトランプ氏が故安倍晋三総理に執拗に迫っておられた会談を見る度に「困った大統領だ」とウンザリさせられていた。

また、敢えて言うが何もトランプ前大統領だけに限られたことではなく、「我が国にはこの彼我の文化というか産業構造の違いを認識しておられる方が、マスコミをも含めて、それほど多くおられるとは思えてならない」のである。

このような企業社会における製造現場の構造の違い(文化の違いと言っても良いと思うが)が、我が国とアメリカの市場に存在するのだから、品質に細かい注文をつけるし、価格にも敏感な日本市場には簡単に通用しなかったのだ。その難儀な市場にアメリカ市場にのみ通じるような品質と規格の製品を売り込んでも容易に成功しないのである。このような問題が生じている主たる原因の一つに、職能別労働組合の存在があると認識している。



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