サニブラウン・ハキーム報道を責める:
私が責めたいのは空疎な報道の内容である。私は現時点ではこの16歳の日本人男子の走者の姓名のどちらが名字で名前かは解っていない。解っていることは、報道によって父親がアフリカ人である事だけ。私はテレビ局と新聞のこの少年の扱い方に大いなる不満というか不自然さを感じている。その辺りをもう少し具体的に述べていこう。
彼は確かに将来有望な短距離走者ではあるが、マスコミは少年乃至は少女が如何なる種目や分野に於いてでも「世界」か海外に出て行くことを特に大きく重大事のように扱う傾向がある。ただ単に年少である事を強調している点が私は気に入らない。私はこの辺りに我が国の「年功序列」の文化の強い影響を見出すのだ。私は事は能力と実績の問題であって、年齢で論ずべきではないという考え方をしている。
私は今回北京で開催されている世界陸上に、彼サニブラウン・ハキームが標準記録を突破して代表に選ばれた辺りから「16歳という史上最年少」が強調し始められ、不必要な期待ばかりを煽り立て始めたのには、大いなる不快感と違和感と不当さと説明不足を感じていた。
TBSで織田某なる者、知ったかぶりの解説というのか司会というのか知らないが、を使った中継をご覧になった方はお解りと思うが、彼はテレビ局の大いなる期待に添いきれずに準決勝までで落ちていった。私も善戦健闘を認めないことはないが、あの年齢と体格で多くのアフリカ系の優れた走者が支配する短距離界で「世界」で結果を残すことが不可能に近いことくらいは、彼らマスコミも解説者も知らなかったはずはないと思っている。
解りやすい例を挙げれば、「かのウサイン・ボルト(この場合はボルトが名字であると解っているが)の体格を見よ」と言いたいのだ。陸上競技でトラック種目、特に短距離を経験された方はお解りだと思うが、速く走れば走るほど風圧が厳しく且つ激しく襲ってきて上体が起こされて、スピードを上げるのが段々に困難になってくるものだ。
それに対抗し且つ抵抗し高速で走り続けるためには筋肉を鍛えておく必要があるのは当然である上に、ある程度以上の体重がないと加速もついてこないのだ。かく申す私は小柄で軽量であったが、相手ディフェンスと競り合っていっぺんに50 m も走り続けることが極めて希なサッカーでは軽量でも何とか瞬間のダッシュ力で補うことが出来た。言うなれば、これほど簡単な理屈で速く走れるか否かが左右されるのである。
聞けばサニブラウン・ハキーム君は未だにウエイト・トレーニングをやっていない由だ。それは決して悪いことだとは決めつけられない。未だ身体が出来上がっていない時期からウエイト・トレーニングを開始することの是非は常に論じられているからである。だがしかし、その程度までのことしか出来ていない16歳の子供に、事情を解説されていない視聴者に過大な期待を抱かせてしまったマスコミを私は非難したいのだ。
短距離走で「世界」で実績を残すことががどれほど困難なことかは、あの言わば大柄の部類には入らない桐生君が一向に後10分の1秒を短縮しきれずに故障ばかりしていることからも明らかだ。サニブラウン・ハキームは桐生君よりも年少で経験も不足な走者だ。陸連もTBSも何故そう言う具体的なことを解りやすく視聴者に伝える努力を放棄するのかが、私には理解不能なのである。不親切ではないのか。「彼は負けて当たり前」と何故言わないのか。
サニブラウン・ハキーム君についてはこれくらいにして、世界陸上を一寸だけ見て痛感したことを。それはトラック種目、それも距離が短ければ短いほどアフリカ系の走者の大会の如くと化している厳然たる事実である。また、マラソンも然りで、あの世界での変化が余りにも顕著である。
私はこれ以上この傾向に触れることはしないが、マスコミは我が国の代表に「世界」での活躍を期待するならば、何が必要であるとか、将来有望な若者を如何に指導をすべきかくらいは論じて見せたらどうかと言いたいのだ。
私が責めたいのは空疎な報道の内容である。私は現時点ではこの16歳の日本人男子の走者の姓名のどちらが名字で名前かは解っていない。解っていることは、報道によって父親がアフリカ人である事だけ。私はテレビ局と新聞のこの少年の扱い方に大いなる不満というか不自然さを感じている。その辺りをもう少し具体的に述べていこう。
彼は確かに将来有望な短距離走者ではあるが、マスコミは少年乃至は少女が如何なる種目や分野に於いてでも「世界」か海外に出て行くことを特に大きく重大事のように扱う傾向がある。ただ単に年少である事を強調している点が私は気に入らない。私はこの辺りに我が国の「年功序列」の文化の強い影響を見出すのだ。私は事は能力と実績の問題であって、年齢で論ずべきではないという考え方をしている。
私は今回北京で開催されている世界陸上に、彼サニブラウン・ハキームが標準記録を突破して代表に選ばれた辺りから「16歳という史上最年少」が強調し始められ、不必要な期待ばかりを煽り立て始めたのには、大いなる不快感と違和感と不当さと説明不足を感じていた。
TBSで織田某なる者、知ったかぶりの解説というのか司会というのか知らないが、を使った中継をご覧になった方はお解りと思うが、彼はテレビ局の大いなる期待に添いきれずに準決勝までで落ちていった。私も善戦健闘を認めないことはないが、あの年齢と体格で多くのアフリカ系の優れた走者が支配する短距離界で「世界」で結果を残すことが不可能に近いことくらいは、彼らマスコミも解説者も知らなかったはずはないと思っている。
解りやすい例を挙げれば、「かのウサイン・ボルト(この場合はボルトが名字であると解っているが)の体格を見よ」と言いたいのだ。陸上競技でトラック種目、特に短距離を経験された方はお解りだと思うが、速く走れば走るほど風圧が厳しく且つ激しく襲ってきて上体が起こされて、スピードを上げるのが段々に困難になってくるものだ。
それに対抗し且つ抵抗し高速で走り続けるためには筋肉を鍛えておく必要があるのは当然である上に、ある程度以上の体重がないと加速もついてこないのだ。かく申す私は小柄で軽量であったが、相手ディフェンスと競り合っていっぺんに50 m も走り続けることが極めて希なサッカーでは軽量でも何とか瞬間のダッシュ力で補うことが出来た。言うなれば、これほど簡単な理屈で速く走れるか否かが左右されるのである。
聞けばサニブラウン・ハキーム君は未だにウエイト・トレーニングをやっていない由だ。それは決して悪いことだとは決めつけられない。未だ身体が出来上がっていない時期からウエイト・トレーニングを開始することの是非は常に論じられているからである。だがしかし、その程度までのことしか出来ていない16歳の子供に、事情を解説されていない視聴者に過大な期待を抱かせてしまったマスコミを私は非難したいのだ。
短距離走で「世界」で実績を残すことががどれほど困難なことかは、あの言わば大柄の部類には入らない桐生君が一向に後10分の1秒を短縮しきれずに故障ばかりしていることからも明らかだ。サニブラウン・ハキームは桐生君よりも年少で経験も不足な走者だ。陸連もTBSも何故そう言う具体的なことを解りやすく視聴者に伝える努力を放棄するのかが、私には理解不能なのである。不親切ではないのか。「彼は負けて当たり前」と何故言わないのか。
サニブラウン・ハキーム君についてはこれくらいにして、世界陸上を一寸だけ見て痛感したことを。それはトラック種目、それも距離が短ければ短いほどアフリカ系の走者の大会の如くと化している厳然たる事実である。また、マラソンも然りで、あの世界での変化が余りにも顕著である。
私はこれ以上この傾向に触れることはしないが、マスコミは我が国の代表に「世界」での活躍を期待するならば、何が必要であるとか、将来有望な若者を如何に指導をすべきかくらいは論じて見せたらどうかと言いたいのだ。
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