12月19日
熱が続いていても意識はある訳で、布団の中でじっとしているのは何とも辛い。
そんな訳で、ネットを覗いてみたいたら8月から作っていた花フェスタの模型はその後どうなったか。。。
記事らねば。。
3人展という事で展示を行ったのですが、結局は他の作家の雰囲気に合わず展示するのを控えました。
他にも金色をベースにウルトラマリンで仕上げた模型もありましたが、他の作品が比較的モノトーンな表現だったので何とも相性が悪かった。
また、壁一面に赤い鉄板を展示していたので、それ以上に色を持ってくるのは何とも気まずい感じもしていたし、まぁ、個展でない以上はあれが精一杯だったように思っています。
ほんとは、他にも
パースの展示
会場で投げ入れられたお金
終戦60周年のことしに終戦50周年に広島平和記念公園で企画した企画書と模型
などなど面白いアイテムが一杯あったので、話題作りの意味も含め展示する予定でしたがそれらも展示する事を控えました。
でも、それだけ我慢していても一部の人からは「協調性がない」とか「他の作家がかわいそう」というコメントをもらいました。
正直な気持ち、野外展示を専門としてインスタレーションを行って来た僕の感覚では屋内というとどうしても狭く感じるんですよ。
アトリウムとか体育館ぐらいの広さと天井の高さがあればピンとくるのですが。。
それと、感覚的にもそうですが人間の視覚って黄金比や白銀比のフレームでおさめると安定した感じになるんだけど、僕の場合は展示会場で意図的にその比率をこえる様に構成しているんですよ。
だから、展示会場で作品全体を観るためには少し離れた所までさがるひつようがあるんです。
そして、その行為が展示会場の空間を意識させ「壁と作品」という比率ではなく、「空間と作品」の比率に意識が移行するのです。
作品を展示する際によく「空間を見せたい」という言葉を使う事がありますが、その事柄の本質に迫る理論の一つである様に思います。
作品のスケール感にも深く関わっていると思います。
熱が続いていても意識はある訳で、布団の中でじっとしているのは何とも辛い。
そんな訳で、ネットを覗いてみたいたら8月から作っていた花フェスタの模型はその後どうなったか。。。
記事らねば。。
3人展という事で展示を行ったのですが、結局は他の作家の雰囲気に合わず展示するのを控えました。
他にも金色をベースにウルトラマリンで仕上げた模型もありましたが、他の作品が比較的モノトーンな表現だったので何とも相性が悪かった。
また、壁一面に赤い鉄板を展示していたので、それ以上に色を持ってくるのは何とも気まずい感じもしていたし、まぁ、個展でない以上はあれが精一杯だったように思っています。
ほんとは、他にも
パースの展示
会場で投げ入れられたお金
終戦60周年のことしに終戦50周年に広島平和記念公園で企画した企画書と模型
などなど面白いアイテムが一杯あったので、話題作りの意味も含め展示する予定でしたがそれらも展示する事を控えました。
でも、それだけ我慢していても一部の人からは「協調性がない」とか「他の作家がかわいそう」というコメントをもらいました。
正直な気持ち、野外展示を専門としてインスタレーションを行って来た僕の感覚では屋内というとどうしても狭く感じるんですよ。
アトリウムとか体育館ぐらいの広さと天井の高さがあればピンとくるのですが。。
それと、感覚的にもそうですが人間の視覚って黄金比や白銀比のフレームでおさめると安定した感じになるんだけど、僕の場合は展示会場で意図的にその比率をこえる様に構成しているんですよ。
だから、展示会場で作品全体を観るためには少し離れた所までさがるひつようがあるんです。
そして、その行為が展示会場の空間を意識させ「壁と作品」という比率ではなく、「空間と作品」の比率に意識が移行するのです。
作品を展示する際によく「空間を見せたい」という言葉を使う事がありますが、その事柄の本質に迫る理論の一つである様に思います。
作品のスケール感にも深く関わっていると思います。