リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

ZARD「眠れない夜を抱いて」

2011-07-09 08:03:03 | オヤジの日記
中学のときからギターを弾いている。

今も耳で聞いた音をコードでなぞって、いわゆる「耳コピ」という形で適当にギターを爪弾いて遊んでいる。

才能がないので、完全にコピーはできないが、むかしZARDの「IN MY ARMS TONIGHT」を聴いたときは、すぐにコピーすることができた。
だからかもしれないが、それからZARDの曲を気にして、聴くようになった。


誰も言わないことだが、ZARD前とZARD後で、確実に変わったことがある。

ZARD前は、シンガー・ソング・ライターかプロの作詞、作曲者が曲作りに携わるのが普通だった。
要するに、全部を自分で作るか、すべてをプロに任すか。
それが、当たり前だったように思う。

歌手が、歌詞だけを担当するという方式は少なかった。

しかし、ZARDは、それをした。

シンガー・ソング・ライターやプロの作詞家のように、難しい言葉を使うことなく、誰にでもわかるような言葉で、自分の心象風景を歌詞にした。
そのときの自分の思いを素直に表現した歌だから、歌は聴きやすいものになった。

当然のごとく、売れた。


そして、ZARD後、歌詞を自分で書く女性シンガーが増えた。

つまり、ZARDの出現は、日本のポップスの歴史の中で、エポックメイキングなものだったのだ。

だが、誰もそれに気づかないから、ZARDはただの人気歌手としてしか、昔も今も評価されない。

だから、私にとってZARDは、過小評価され続けた歌手というイメージが最も強い。

歌手の業績は、音楽性やセールスだけで判断すべきではない。
その時代、またはそれ以降の時代に、何を残したかで、評価されるべきである。

ZARDがポップス界に残した足跡。

おそらく流行歌手であったがゆえに、その足跡の鮮明さを気づいてもらえなかったか、あるいは、ただ単に流行歌手に対する偏見が、正当な評価の邪魔をしたのか。


ZARD後の女性歌手は、自己表現の選択肢が増えて、随分と仕事がしやすくなったと思うのだが、もちろん今売れっ子の歌手たちは、ZARDが作った軌跡のことなど、考えたこともないだろう。

道を作ってくれた人のことなど忘れて、すべてが自分の実力だと思い込んでいるに違いない。


ZARDの死に方は、悲劇だったが、ZARDは、日本の音楽シーンの歴史の中でも、悲劇的な位置にいる。



ZARDの初期の頃の歌。


眠れない夜を抱いて
不思議な世界へと行く
まだ少女の頃の
あどけない笑顔に戻って
in my dream mystery

眠れない夜を抱いて
駆け抜けた時間を想うの
まだ少女の頃の
あどけない笑顔に戻って
in my dream mystery


眠れない夜を抱いて 駆け抜けたZARDが残したものは、大きいと思う。

しかし、あどけない笑顔に戻ったZARDが、眠れない夜を抱くことは、もうない。

悲しいことだが・・・・・。