10日に東京でフォトグラファーの多々良栄里さんに会った時、10年前に彼女に撮影を依頼し、そのままお蔵入りになってしまっていた喜久酔の前杜氏・富山初雄さんの最後の造りのポジフィルムを久しぶりに見せてもらいました。
10年ひと昔といいますが、富山さんと笑顔でフィルムに収まった青島社長は髪も黒く、「この前の真弓さんのブログに載っていた社長の髪の毛が真っ白だったのに驚いた」と栄里さん。洗米作業で富山さんに、吸水中の米の状態と水を切るタイミングについて教えを乞う青島孝さんの学生のような表情も、とても印象的でした。
他人を被写体にしたドキュメンタリーを撮っていると、スチール(静止画)にしてもムービー(動画)にしても、ある程度の時間をかけて追い続けなければ感覚としてわからない、時間の流れや重みがあることを、つくづく実感します。
栄里さんが土門拳奨励賞を受賞した『松下君の山田錦』も、3年ぐらいかけて膨大な本数のフィルムを使ったそうです。写真展の審査員の先生方からは「テクニックではなく重量だよ。どれだけ量を撮ったか、観る人が観ればわかる」といわれたとか。私も、松下さんの田んぼは毎年のように撮っていますが、取材の記録として撮る程度の意識しかないので、説明調のカットが多く、現場で感じた稲の美しさや力強さといったものは伝わってきません。しかし、栄里さんの写真は、稲そのものというよりも、田んぼに生息する虫や鳥たち、そして松下さん自身の表情や背中や汗を描くことで、松下さんが作る山田錦の素晴らしさを十二分に伝えてくれます。そういう写真は、時間をかけて彼と田んぼを観察し続けなければ撮れなかったでしょう。
その米を酒にする青島孝さんの10年の変化と成長も、長く見続けていなければわからないし、変わったと思える瞬間を切り取る感性がなければ、画に残すことはできないでしょう。ゆうべ(12日)は彼に長い時間をかけて、今年、県知事賞を受賞した酒造りの、去年までとは違った変化や違いをじっくり聞かせてもらいました。カメラなし・食事しながらのリラックスした対話だったので、本音の部分もずいぶん聞かせてくれました。こういうときに限って、カメラで撮っておけば…と思えるようなイイ話が出てくるんですよねぇ。
酒造りの大きなポイントが、やっぱり原料の「米」だと解ったのは、10年かけて松下さんの田んぼで汗を流し、米作りを学んだ成果だったと、青島さんは信念を持って語ります。
他の蔵元に聞くと、今年の喜久酔県知事賞受賞酒は、他を圧倒して図抜けた出来栄えだったそうです。多くの蔵元は「今年は米が融けなかった」といいますが、融けにくい=粒が揃わないときの麹米の吸水歩合をどうするか・・・喜久酔の受賞酒は、そのことを他の蔵元に問う結果にもなったと思います。
もうすぐ、松下さんの田んぼで米作りが始まります。私が撮るのは酒造りのドキュメンタリーなので、酒になる米をどう育てるかを、青島さんの目線で撮ることになると思いますが、土門拳賞を取った写真家や、ダントツの県知事賞を取った酒造家の感性に、どこまで迫れるでしょうか。1年や2年で追いつけるレベルではないことは確かです・・・。
ゆうべ、青島さんに会ったのは、彼から今年の造りの写真を借りたいとの申し出があったからでした(近いうちに某メジャー新聞に載る予定)。私が自分のデジカメで撮ったスチール写真は、『吟醸王国しずおか』のメイキングとして、成岡正之さんの撮影風景を記録する目的で撮ったので、メジャー紙に使ってもらえるようなレベルではなく、見せるのは恥ずかしかったのですが、300枚ほどの写真をスライドショーモードで見せたところ、「麹作ってるとき、俺、こんな表情してたのか」とか「疲労と乾燥で皮膚の水分が干上がっているから、腕の血管が浮き出て見えるな」等々、初めて客観的に観る自分の姿に感慨深げ。「成岡さんの映像を観ればもっとスゴイよ」というと、「早く観たいなぁ」と子どものような表情に。
素人のスチール写真でも、そんなに喜んで、映像の仕上がりを楽しみにしてくれるなんて、本当に作りがいがあるなぁと満ち足りた思いで帰宅し、夜、『吟醸王国しずおか』のサポートをしてくれるカメラマン山口嘉宏さんが、先週末、仕事で海外ロケに出発する前に送ってくれた自作DVDを鑑賞しました。
山口さんは、成岡さんの会社で修業した後、100日間かけて世界一周をして各地の風景映像を撮りだめる仕事をこなし、一方でスチール写真作家としても活躍し、ナショナルジオグラフィック日本賞を受賞。送ってくれたのは彼が撮りためたアジア、アフリカ、ヨーロッパ、ニューヨーク、南米各地の風景を独自に編集した『東京経由』と、8ミリで撮ったインド・カシミール地方のチベット難民が暮らす古い町『オールドラダック』でした。中でもオールドラダックは、8ミリフィルム映像とモノクロスチール写真が見事に融合し、何度も観たくなる味わい深い作品でした。ただ珍しい異国の風景、というばかりでなく、今、再び世界から脚光を集めるチベット問題の一端を短時間ながら考えさせてくれます。
何より、参考になったのは、スチールとムービーを組み合わせた編集効果。時間を流す、止める、という作用に着目したのは、たんに奇を衒うわけではなく、栄里さんや山口さんの感性が、成岡さんの映像にうまく融合するのではと直感したからです。
これは、先日、松崎晴雄さんを招いたしずおか地酒サロンで山口さんが撮った一枚。青島さん曰く「見た目はわからないかもしれないけど、すごく酔っている状態。まさに酔の一文字に尽きる」と笑っていました。こういう撮り方は、やっぱりプロだなぁと私も感心します。
キャリアも個性もバラバラだったクリエーターたちを結びつけてくれるのは、ほかでもない、静岡の酒の素晴らしさ。こんな魅力的な被写体を追わずにいられないと、独りで走ってきた自分に、少しずつ同志が増え、一緒に作品を創れるまでになったことを、しみじみ嬉しく思います。
栄里さん、山口さん、私の3人の作品が偶然、一緒に掲載された雑誌sizo:ka8号(特集・静岡お国自慢人養成講座)は現在、県内主要書店にて絶賛発売中です。ぜひお手にとってご覧くださいね!