杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

酒蔵の守護神

2008-04-20 12:48:23 | しずおか地酒研究会

 18日(金)午後、『吟醸王国しずおか』のロケハンで訪れた岡部町の初亀醸造では、社長の橋本謹嗣さん、カメラマンの成岡正之さんとじっくり話をしているうちに、日本酒造りを映像化する上で見逃してはならない大切な視点を改めて認識しました。

  それは、酒が、日本人の信仰心と深くつながっている、ということ。

 

  

  酒蔵の玄関の軒先に吊るされている杉の玉―酒林(さかばやし)をご覧になったことのある人も多いでしょう。秋に収穫された新米を酒に醸し、新酒が搾りあがる晩秋~初冬にかけて、“今年も無事、新酒が出来上がりました”のサインとして吊るすもの。杉の葉を束ねて刈り込む酒林づくりは、かつては杜氏や蔵人の仕事でしたが、今は、酒造道具屋さんで既製品の酒林、売っているんですね。

 

  しずおか地酒研究会でも、2004年の浜名湖花博で地酒テイスティングサロンを開催したとき、会員からカンパを募って道具屋さんから買いました。ちなみにその時買った3つの酒林は、1つは我が家に、後は花博に協力してくれた会員2店(御殿場の「みなみ妙見」さん、清水の「河良」さん)にプレゼントしました。

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  そうはいっても、酒林づくりが杜氏さんたちの仕事…つまり酒造りの一環であることや、そもそも杉の葉をこうやって飾るようになった由縁を知らずに、単なるディスプレイ扱いするのはいけない、と思い、今でも毎年必ず社員総出で酒林を作っている「出世城」の醸造元・浜松酒造に協力してもらい、花博会場で酒林作りの実演をしていただきました。

 

 

  酒林の発祥は、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)といわれています。三輪山を神体山とし、お祀りするのは国造りの神である大物主神(おおものぬしのかみ)。農業、工業、商業、方除、治病、造酒、製薬、交通、航海、縁結びetc…人間のあらゆる暮らしの守護神で、ご神体である三輪山では、生息する杉、ヒノキ、松、榊など40種以上の一木一草にいたるまで神が宿ると信じられています。中でも不浄のものを清める効果(今でいう殺菌効果)があるとされた杉を酒林にし、ご神体のご加護に与りたいという酒造家の願いが、酒林づくりの伝統となったようです。

 

 

  

  この、大神神社の分霊社である神神社(みわじんじゃ)が、初亀のお膝元・岡部町にあります。644年、皇極天皇の時代、東国に疫病が蔓延したのを鎮めるために建立されたそうで、高草山が神体山。高草山はその昔、三輪山と言われていたそうです。「なぜ、岡部に大神神社の分霊社が造られたのかは真意はよくわかりませんが、酒造家の守護神をこの地に頂くことを大切にしたい」と語る橋本社長。

   

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 昭和7年築の仕込み蔵の中には、ヒノキや杉の見事な梁、一枚板などが、しっかり現役で酒造りを支えています。「撮りがいがあるなぁ」と目を輝かせるカメラマンの成岡さん。ただ古くて立派というだけでなく、たとえば左の写真は、昭和12年に増設した冷蔵庫のトビラで、中は、空調システムが整った近代的な吟醸酒用貯蔵庫。伝統と革新が無理なく融合しているのです。

 

 

  

  橋本さんと成岡さんには、昨年夏、『吟醸王国しずおか』の製作を相談したとき、参考映像として、日本酒造組合中央会から借りた岩波映画『南部杜氏』(昭和62年製作)を観ていただきました。大正末期から昭和初期にかけての南部杜氏の酒造りを、ひと造り、完全に再現したドキュメンタリーで、搾り上がった酒を蔵人全員で神棚にお供えするシーンや、出来上がった酒を貯蔵する杉の木桶が、現代のホーロータンクにフッと切り替わり、「当時の伝統を伝えるものは今はない」と物悲しいナレーションがかぶる最後のシーンが、いたく心に残りました。

 木製の酒造道具は確かに少なくなりましたが、酒蔵にある杉やヒノキを単なる建材ではなく、ご神体の力を宿したものとして大切に守る酒造家も、単なる製造業者ではないように思えてきます。

 

  私は、いい意味で、彼らは〈選ばれし者〉だと考えています。神様から賜った米や水や微生物を、酒というかたちに組み替えて、ふたたび神様にお返しする、そんな役目を与えられた人たちのような気がするのです。映像で、その意味をどこまで表現しきれるかわかりませんが、厳しい労働を果てしなく続ける彼らは、目に見えない、まさに神のような存在に惹かれ、畏敬を持ち、絶えず挑み続ける登山家か修行増のように思えるときがあり、観る人にもそんなビジョンを感じてもらえる画が撮れたら…と願っています。

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  岡部町では、今年、3年に1度、若宮八幡宮で行われる大祭〈神ころばし〉があります。世話役である橋本さんは「岡部町として最後の神ころばしになります」と感慨深げ。橋本家は代々、町の発展に尽力し、町長も務めた家柄だけに、来年1月、藤枝市と合併して岡部町の名が消えることに、一抹の寂しさもあるよう。そういう年に映画づくりをするのも神様のお導きのような気がして、神ころばしで、まさに神と対峙される橋本さんの姿もぜひ撮影させていただこうと思っています。