9日(土)はSPAC(財団法人静岡県舞台芸術センター)の秋の新作『令嬢ジュリー』の取材。JR東静岡駅前のグランシップに併設されたSPAC専用劇場・静岡芸術劇場での上演です。劇場には取材で入ったことがありますが、実際に舞台を観るのは初めて。劇場施設としては(素人判断ですが)本当に素晴らしく、日本で初めての公立文化事業集団SPACの活動拠点らしく、演劇を志す人にとっては至れり尽くせりの施設のようです。
以前、倉庫や屋根裏部屋みたいなところで必死に活動するアマチュア劇団を取材し、個人的にも応援した経験があるので、ついつい比べてしまって、第一印象は「恵まれすぎた環境で創作活動するってのも、ある意味、シンドイだろうな~」と率直に感じてしまいました…。
『令嬢ジュリー』はフランスの劇作家ストリンドベリが1888年に書いた自然主義戯曲で、精神不安定な伯爵令嬢が下男と過ちを冒す一夜の出来事を通し、階層社会への批判や人間の精神の開放といった複雑なテーマを、当時出現した象徴主義的手法で表現し、物議をかもしたようです。検閲を受けたり観衆のひんしゅくを買ったりで、なかなか評価されなかったのですが、1904年にスウェーデンで初演されてから全世界の演劇レパートリーに持続的に加わり、今では最も上演される古典戯曲の一つとして愛されています。
・・・というようなことを、上演後に読んだプログラムで初めて知ったわけですが、観る前はまったく何の予備知識もなく、ストーリーも知らず、全面真っ白のカプセル要塞みたいなステージに竹が何本か飾られ(庭を表現している?)、そこで数人の男女が80~90年代のロックに合わせて踊りまくっていて、手前にはガラスサッシで仕切られたシステムキッチンがあり(屋敷の厨房?)、和服姿の女性が食事の用意をしているシーンから始まったので、何のこっちゃと目を白黒させたのでした。
演出はフランス現代演劇の注目株フレデリック・フィスバック氏。こういうスタイリッシュな空間設計はヨーロッパ現代演劇のトレンドだそうで、そういう中ですっぴんの日本人が和服や平服で19世紀ヨーロッパの階層社会のひずみや男女間のドロドロを表現する・・・。これは観る者に脳内変換力が要るな~と途中で疲労感を覚えました。
主人公の令嬢を演じる女優は黒髪すっぴんの下着姿で、駆け落ちしようと着替えたのもパーカーにジーパン。下男ジャンを演じる俳優は、どうみてもメタボな中年サラリーマンにしか見えないんだけど、若いイケメンで頭の回転の速いキレ者という設定のよう。ジャンの婚約者の飯炊き女クリスティンは和服姿だし・・・。
ところが、上演後に俳優さんや演出家を囲むトークの時間があって、いろいろ話を聞くうちに、「日本人が等身大で演じることで、遠い西洋の古典戯曲が 現代劇になる」価値が見えてきました。鑑賞していた高校生たちが演出家をつかまえて真剣に意見を交わし合う姿を見て、世の中の既成の枠から飛び出したくても飛び出せない登場人物たちの叫びが、10代の若者の自分探しの姿に重なり、彼らは彼らなりにしっかり作品のテーマを受け止めたんだ・・・と感じました。
こちらも、令嬢を演じた女優さんをつかまえ、無機質な舞台空間やすっぴん普段着衣裳にした意味など、あれこれ意見を交わし合ううちに、次から次へと「気づく」ことがあり、一緒に観賞した県広報局や文化政策課の職員と、その後もやんやと語り合ってしまいました。
運よくお会いできたSPAC芸術総監督の宮城聰さんには「同じ舞台を観ても反応はさまざま、感想もさまざま。でも自分と他人の感じ方に違いがあること は何の障害でもない。違っていい、多様でいいんだということを実感できるのが演劇の良さ。これは、ややもすると横並びや同調を良しとする教育現場や企業組織の職場で息苦しさを感じる現代人に、何かの力になるのでは」と教えていただきました。
上演後にやんやと語り合う時間を含め、演劇って「考えさせる力」を鍛える芸術だなーと実感します。ストーリーはもちろん、生身の人間が目の前でどう演じるのか、演出家は古典を現代で再演する上でどうアレンジするのか、観る人によって受けとめ方も違うだろうし、観た後は本当に疲れる(苦笑)。この疲労感は、劇場に居合わせた人間だけが経験できる、心と脳のカロリー消費運動なのかもしれませんね。
ところで、都会の小劇場の近くなんかには、上演後にやんやと語り合う酒場や喫茶店があって、演劇文化を醸成する“界隈”らしさがありますよね。静岡芸術劇場の周辺も、今の東静岡駅みたいにあんまり整然とした区画整理じゃなくて、昔の七間町映画館界隈みたいに裏通りには『ういんな』ふうの喫茶店や、我が行きつけの『狸の穴』みたいな酒場があって、駅前なんだから終電まで飲んだり語り合ったりできると嬉しいのになあ・・・。
なお、SPACの次回作はソーントン・ワイルダーの『わが町』。文学座の実力派俳優・今井朋彦さんが演出されます。今井さんって三谷幸喜脚本の大河ドラマ『新選組!』でエキセントリックな徳川慶喜を演じ、その後、殿様スタイルで消臭剤のCMに出てましたよね!(笑)。上演後にお話が聞けるのであれば、ぜひ観に行きたい!
上演日は10月30・31日、11月6・7日、13・14日です。詳しくはSPACホームページまでどうぞ。