杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

驚異!5台のピアノの競演

2010-10-15 17:18:57 | アート・文化

 14日は静岡音楽館AOIで開かれた『驚異!5台のピアノの競演』を聴きに行きました。

 ピアノで2台の連弾演奏ってのは知っていますが、5台って・・・まずグランドピアノが5台も並ぶステージからして想像できないですよね。

 

 

 今年開館15周年を迎えるAOIは、クラシック、現代音楽、伝統芸能などさまざまな分野のプロフェショナルが企画委員を務めていて、独自のプログラムを年数回開催しています。

 今回はAOI芸術監督の野平一郎さん(東京芸術大学教授)が「自分が憧れていた演奏家で、その企画力に絶大な信頼を置く」という現代音楽のピアニスト高橋アキさんのプロデュース。現代音楽も現代アーティストにも疎い自分には初めての世界でしたが、「静岡音楽館倶楽部情報誌AOI通信」の取材でお2人の対談記事を書いた縁で、未知の音楽の世界への好奇心も手伝って、自分でチケットを買って行きました。…ホントは記事をかく前に聴けたらよかったんですけど

 

 記事の一部を紹介します。

 

 

(野平一郎)私にとってアキさんは「自分たち世代の音楽観を創造してくれた存在」のお1人で、若者に現代音楽の面白さをトコトン教えてくれた憧憬の存在です。そういう先輩と一緒に仕事が出来て、本当に得難い経験をさせてもらっています。とくに企画力のない自分に、「演奏会を企画するというのはこういうことだ」と身をもって示してくださったことに感謝しています。

 演奏会企画とは、企画者自身にやりたいことが明確にあって、その人自身の日頃の音楽活動から培われたものがにじみ出てくるもので、単に楽曲を並べるものではないと教えていただきました。今回の5台のピアノ競演も、まさにピアニスト高橋アキの国境を越えた活動領域が実現させたものですね。

 

 

 

(高橋アキ)5台のピアノのための音楽』を書いたホセ・マセダ(フィリピン)は、AOI開館初年度に実際に静岡児童合唱団の子どもたちを指揮しましたので、ご記憶の方もいらっしゃると思います。

 彼とは昔から顔見知りでしたが、1992年頃、武満徹さんの音楽祭で会ったとき、アジアの民族音楽を専門にしていた彼に「ピアノ曲はあるの?」と聞いたら、「あんな時代遅れの楽器に作曲するわけがない」と強く拒絶され、私もムキになって「ピアノという楽器には可能性が残っている」と反論し、彼はなんと「1台のピアノには作曲しないが、5台のピアノのためなら書こう」と言いだした。今度はこちらがびっくりしましたが、実現したら今までにない素晴らしい音楽が誕生するような気がして、何ヶ月間もディスカッションを重ねました。彼は演奏家とマンツーマンでパート練習をします。それは自分にとって得難い経験でした。

 

 

 

(野平)今回のプログラムの一つ『4台のピアノのための作品』を作曲したモートン・フェルドマン(アメリカ)とも深いかかわりをお持ちですね。私はアキさんが企画の中で取り上げる以前から彼の作品に注目していました。

 

 

 

(高橋)企画書を出した時、野平さんの構想にもフェルドマンの名前があったので嬉しくなりましたよ。彼が本格的に26時間ぐらいの曲を書き始めた頃、直接呼ばれてアメリカへ行きました。すごく手の大きな人で、私が弾きづらそうなところをその場で修正してくれた。アキのおかげで誰もが弾きやすい曲になったと言われました(笑)。彼の『TRIO』という作品を、海外からチェロとバイオリン奏者を呼んでAOIでやらせていただきましたね。

 

 

 

(野平)この演奏会によって、アキさんは芸術選奨を受賞されました。AOIとしても大変光栄なことです。今回はさらに、ピーター・ガーランド(アメリカ)に新作『魔よけ』をAOI委嘱作品として書きおろしてもらい、世界初披露することになりました。彼はどんな作曲家ですか?

 

 

 

(高橋)6070年代のヒッピー世代の人で、メキシコにも長く暮らし、民族音楽のフィールドワークを重ねた自由人です。作品も、ネイティブアメリカ、ラテンアメリカなど多種多様な要素を含んだ非常にユニークな構成ですが、生まれる響きはとても美しい。純粋な人柄がにじみ出ています。大変な読書家で、来日した時も一休禅師の『狂言集』を読んでいました。佐渡島の寺に籠って作曲していましたよ。今回の作品もすごく楽しみですね。

 

 

 

(野平)今回のプログラムで、唯一、アキさんが交流の機会がなかった作曲家がダリウス・ミヨー(フランス)です。彼の作品は他の3人に比べたら一般に馴染みがありますね。彼は1974年に亡くなっていますが、彼が活躍していた時代、パリにはアフリカやラテンアメリカからさまざまな音楽が入って来て、彼自身もブラジルやニューヨークでジャズをかじるなど、しなやかな感性と猛烈なエネルギーを持っていた。モーツァルトも顔負けの“多作家”だったんですよね。

 

 

 

(高橋)今回のプログラムを通して改めて、音楽というものが地球上のありとあらゆる場所で生まれ、広がり、結びつき、次から次へ新しいものを創造するものだと実感していただけるんじゃないかしら。

 

 

 

(野平)「音楽とはこうだ」と思いこんで、接する機会を狭めてしまうのは、もったいないことです。小さな子どもが初めて音楽を聴くときは、固定観念なしに真っ白な状態で素直に受け入れるでしょう。

 アキさんがこれまで企画されてきた現代音楽のジャンルは、ともすれば小難しいと思い込む人がいるかもしれませんが、こんなに多様で面白い世界はありません。演奏家が作曲家と協働で創り上げた音楽を、同時代に生きる聴衆にストレートに届けられる。しかも東京ではなく地方が海外と直接結びついて発信できる。地方の音楽ホールでもここまで出来るということを、アキさんは実践してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 記事中、今回世界初演と紹介されたピーター・ガーランドの『魔よけ』は、4台のピアノ演奏でしたが、4人のピアニストが発する40通りの音が、ときに同調し、からまり、あるときは打楽器や管楽器に聴こえたり、風や波のような自然の音にも感じられたり・・・で、ピアノの調べがこんなにふくよかで多彩なのかと深く感じ入りました。ガーランド氏自身も来ていて、やんやの喝采を受けていました

 

 

 お2人の思い入れのあるフェルドマンの『4台のピアノのための作品』(1957)は、4人のピアニストが同じ譜面を演奏するのに、一緒に出すのは最初の音だけで、後はフリー。フェルドマン自身が考案した“自由持続記譜法”という譜面だそうで、基本のピッチと拍だけは指定するものの、音の長さは個々の演奏家におまかせ。4人の音がぶつかったりズレたりで、自由持続記譜法の解説を読まずに聴き始めたら「・・・一体どんな譜面なんだろう」と頭がコンガラがってしまいました(苦笑)。

 

 

 

 4人のピアニストが起こす自然発生音は、まるで動植物や微生物の動きにも似て予測不可能で、その不規則さに身をゆだねていると、「現代芸術とは自然界に接近する作業なのか・・・」なんてフィロソフィーな気分にもなったりしてきます。確かに難解な作品だったけど、ピアノという楽器にはこんな表現方法もあるんだと目からウロコでした

 

 

 

 

 それにしても、これほどレベルの高い演奏会を、駅前で4800円で聴けるなんて、AOIの企画コンサートを聴き逃していた(自分を含めた)静岡市民は、なんだかソンをしているような・・・。地元にあるイイものを看過し、豊かさを実感せず、アピールもしない静岡人を、酒の事ではよく批判してきた自分が恥ずかしくなりました

 

 

 AOIの一流のプロの企画委員が心血注ぐプログラムは必見です、と、今なら実感を込めて書けます