杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

5日酒と匠の文化祭(朗読会後編)

2010-12-13 08:33:46 | しずおか地酒研究会

 『しずおかの酒を読んで酔う~國本良博の吟醸王国リーディング』後半は、静岡の蔵元9蔵の物語。過去に書いた記事をベースに、朗読用にリライトしたものです。3本ずつ読んでいただいて、5分の休憩をはさむというプログラム。休憩タイムにはお客様に、次に読む酒を試飲コーナーから調達してもらいました。MCの神田えり子さんが「さぁ、“給水タイム”ですよ」と軽妙に呼び掛けてくPhoto_4 ださるので、会場は実にアットホームな雰囲気でした

 

 トップバッターはご当地『初亀』。会場である大旅籠柏屋の名前を入れ、地域の発展と酒蔵の存在について紹介しました。先月、國本さんとの2回目の読み合わせの直前に、名杜氏瀧上秀三さんの訃報に接し、急きょ、追悼の一文を加えました。

 最初、「ご冥福をお祈りします」と書いたところ、國本さんから「瀧上さんのお宅が浄土真宗だったら、ご冥福は祈っちゃいけないから・・・」と指摘され、ご冥福をお祈りしますって弔文を電報で送ってしまった後だったので慌てましたが、後で蔵元の橋本さんに確認し、セーフ。

 ・・・とはいえ、ご冥福を~って言い方はなんとなく杓子定規のような気もして、「天国から初亀と岡部の町の発展を見守ってくださっているでしょう」と〆させていただきました。

 

 

 次いで地元藤枝の『杉錦』『志太泉』。杉井さんはその実直なお人柄を、志太泉は98年に毎日新聞「しずおか酒と人」でも紹介した、桜の季節に瀬戸川上流を訪ねたときの思い出(こちらの記事)を読んでいただきました。蔵の直接的な紹介ではありませんが、朗読では風景や情景の具体的な描写があると聴き手が想像を膨らませやすいと考えました。

 杉錦の紹介の後、國本さんも「この文の通り、本当に杉錦の味って杉井さんの人柄そのものなんですよね~」と実感を込めてフォローしてくださったのがありがたかった

 

 

 次の『國香』も蔵の周辺の田園風景や人々の暮らしを通し、國香という酒が生まれるバックボーンを想像してもらおうと、2006年に書いた雑誌sizo;ka掲載の『真弓の酒蔵スケッチ』の文をチョイスしました。

 

 

 『國香』の次は、弟(おとうと)弟子にあたる『喜久醉』です。これは松下米誕生の経緯を紹介した「しずおか酒と人」の2本の原稿をつなげ、再構成したもの。過去の歩みや実績を取材でうかがって書いた原稿とは違い、私自身が現場に立ち会い、ライブで見守ってきた物語だけに、どうしても長文になってしまい、削る作業はとても辛かった…。それを補完してくれたのは音楽でした。

 

 

 今回の朗読企画で楽しかったのは音楽選び。私が好き勝手に選んだCDを國本さんが朗読の長さや順番に合わせて編集してくれて、当日は私がPhoto_5 音出しを担当しました(写真右奥)。

 

 

 基本的には『吟醸王国しずおか』パイロット版編集時に集めた音源からチョイスしましたが、喜久醉の場合は、昨年、松下さん青島さんと3人でトークセッションをしたときのことを思い返し、自然に浮かんだのが映画『ミッション』(ロバート・デニーロ、ジェレミー・アイアンズ主演)の主題テーマ“Gabriel's Oboe”のメロディでした。作曲したエンニオ・モリコーネが、自身一番のお気に入りだそうで、サラ・ブライトマンが歌詞を付けて歌ったことでも知られています。旋律の美しさもさることながら、『ミッション』で描かれた宣教師たちの厳しい伝道活動の姿が、喜久醉松下米という酒が生まれるまでの2人の道程に重なってみえたのでした。

 

 朗読の間、客席の青島社長の表情が気になり、チラチラ見ていたんですが、目を閉じてじっと下を向いておられました。

 

 「この酒を春から夏の間、数回試飲したところ、時を追うごとに味が丸くなっていった・・・」というくだりでは、搾りたての頃は味もそっけもなく、どうなっちゃうんだろうと心配になり、やがて少しずつ変化していく酒に不安と期待を膨らませた当時を思い出しました。松下さんの初挑戦の山田錦を、たとえ不作でも松下家と青島酒造の負担にならないようにと、ご自分のポケットマネーで全量買い取った青島社長…。初試飲のときの社長のお気持ちを想像したら、涙がこみあげてきました。

 

 原稿を書いているときは何でもなかったのに、國本さんの語りがこんなに心に響いてくるとは・・・。

 

 

 次の『若竹』は、「しずおか酒と人」の連載で自分が一番のお気に入りのこちらの記事。「今朝の寒さに洗い場はどなたよ~♪」という酒造り唄から始まる物語で、実際に南部杜氏酒造り唄を流しました。・・・といっても私のミスで國本さんの読みだしとタイミングが合わず、やりなおし。せっかくの感動物語なのに出だしにつまずいてしまってブワッと大汗をかいてしまいました。あ~あ

 

 ラスト3本は『正雪』『磯自慢』『開運』と、静岡が全国に誇る名杜氏のいる蔵のお話です。『正雪』の元原稿はこちら。ご覧の通り杜氏の山影純悦さんのメッセージも入っているんですが、朗読では時間の都合で泣く泣くカット。逆境を乗り越えた蔵元一家のお話にまとめてみました。

 

 

 『磯自慢』は、なぜ今磯自慢が日本で指折りの名醸になったのか、さらには私が最初に訪問した酒蔵であり、私が最初に感動した酒を造った杜氏多田信男さんの麹造りを撮ることが『吟醸王国しずおか』の一つのミッションだったというお話を紹介しました。

 

 

 

 最後は『開運』の故・杜氏波瀬正吉さんと奥さまの物語。ベースになっているのはこのブログ記事です。この記事を書いたときは、まさかこんな形でこのお話を朗読していただく日が来るなんて想像もしていませんでした。夫婦のお話だったので、音楽は、大河ドラマ『龍馬伝』で夫婦愛を描いたシーンに使われていた『想望』という曲を使いました。後で何人かに「龍馬伝の音楽、よかったね」と褒めていただきました

 

 

 奥さま豊子さんの、畑で採れたネギをお父ちゃんに送ってやるんだ…という台詞のくだりは、國本さんの温かい口語が情感を際立たせ、現場を思い出して涙がじんわり滲んできました。

 ・・・気が付くと、会場からもさかんに鼻をすする音が。最初、「あれ、エアコンの温度が低いかな」と思ったんですが、後で参加者のみなさんのブログに「嗚咽をこらえていた」「あのお話は泣けた」と紹介されていて、ハッとしました。現場を知っている私が思い出して泣くのは当たり前かもしれないけど、波瀬さんや豊子さんを直接知らない人も、朗読だけで泣けるんだ・・・と。

 

 ・・・やっぱり朗読ってすごいですね。ブログを読むだけなら嗚咽をこらえるほど泣けるなんてことはないと思いますが、朗読という血の通った人間の声の変換作用によって、物語に“体温”が与えられたんですね。

 

 

 実は10日午前、FM-Hiの『ひるラジ静岡情報館』に出演させていただいたとき、パーソナリティTJさんに、このお話を「想望」付きで読んでいただいたのです。最初、20分ほど出演時間があると聞き、だったら朗読を1本お願いしようと、短めの文をチョイスしたんですが、5日参加者のブログで開運のお話に泣けたというコメントがたくさんあるのを知って差し替えたんです。

 女性のTJさんが読まれると、書き手である私自身の声として聴いていただけるかもしれない、自分も聴いてみたいという願望もありました。

 「國本さんの朗読と比較されるとイヤだな~」と苦笑いされていたTJさんに、その旨を伝えると、「わかった、鈴木真弓の代理として読めばいいんだね」とニッコリ。一度も事前読み合わせをしなかったのに、パーフェクトな語りを披露してくださいました。・・・さすがプロは凄いっと鳥肌が立ちました。

 

 事前告知をほとんどしていなかったのでどれだけの方が聴いてくださったのかわかりませんが、私自身は目の前でTJさんに読んでいただいて、生放送中にもかかわらずウルウルしてしまいました。TJさんには無理をお願いしたお礼に『開運大吟醸 波瀬正吉・伝』を差し入れました

 

 

 

 5日の吟醸王国リーディングの終了は結局20時30分。まるまる3時間の長丁場になってしまいましたが、國本良博さんの責任感と使命感に支えられ、充実した朗読会となりました。このような語り部に出会わせてくれた神様に「オネスト・ゴッド!」と杯を捧げたいと思います。

 

 最後になりましたが、会場を提供し、素晴らしいお料理・お酒・お茶を給仕してくださった一祥庵のみなさま、見事な進行で3時間を飽きさせずに仕切ってくれた神田さん、試飲コーナーを担当してくれた篠田さん&小楠さん、受付と写真記録を担当してくれた櫻井さん、外の寒空でノミの市の番をしてくれた高島さん&後藤さんに、改めてこの場を借り、心から感謝申し上げます。

 

 そして参加者のみなさま、とりわけブログで温かいお言葉をくださったみなさま、この2ヶ月の不安と苦労が一気に吹き飛びました。本当にありがとうございました。

 

 「ぜひ次の機会を」とのお言葉もいただきましたが、来年はとにかく映画を完成させることを優先しなくては。完成の折には、朗読会や音楽ライブもミックスさせて、吟醸王国にふさわしい、もっとにぎやかな“酒の総合文化祭”にできたらと思います

 それまでに、地域のみなさま、クリエイターのみなさまも、ぜひぜひ地酒と組んで出来そうな何か新しいこと、面白いことをプランニングし、実現の道を探っておいてくださいね