杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

奇跡のクリスマスディナー

2010-12-26 12:04:03 | 地酒

 急に真冬らしくなりました。暖房器具なしで頑張っていたのですが、とうとう電気ストーブを出し、昔買って、しばらく使っていなかったおひとりさまサイズの鉄鍋を引っ張り出して連日ひとり鍋して暖を取っています

 

 クリスマスの夜もわびしく一人鍋。…といっても、そこはワタシ流プチ贅沢。今年、某酒屋さんに、四合瓶の底にちょびっと残っていた『東鶴』(旧大井川町)をもらい、いつ飲もうか迷っていたのですが、先日の取材で戸塚豆腐店(旧大井川町)の国産木綿と生湯葉が静岡市内のPhoto KOマートでも入手できるとわかり、仕事帰りにさっそくゲット。大井川の水の恵みつながりで鍋とコラボさせてみました

 

 

 志太杜氏のお膝元・旧大井川町上新田で、なまこ壁の風格ある佇まいを残す多々良酒造場。1998年に出版した『地酒をもう一杯』で、「仕込んだ酒はなるべく手を加えず、生原酒で出す」と紹介したとおり、目の前の酒も鑑評会出品酒と銘打たれた大吟醸無濾過生。アルコール度数18~19℃の原酒です。製造年月日が書かれておらず、いつ造られたのかわかりませんが、多々良酒造が休業してけっこう経つはずですし、冷酒グラスに注ぐと酒の色がかなり黄ばみかかっていて相応の熟成酒であることが分かります。

 

 

 「生原酒がどこまで熟成に耐えられるのかしら…」と恐る恐る一口含んでみたら、ふわ~んととろけるような吟醸香。口中には高級ビターチョコレートのような味がほんのり残ります。「・・・こっこれが日本酒か?」とまるで初めてSAKEを口にした外国人みたいなリアクションを一人とってしまいました

 

 裏貼りには、「兵庫県山田錦50%精米、静岡酵母NEW-5、酸度Photo_2 1.3、日本酒度+12」とあります。日本酒度+12は数値的には超辛口ですが、これがしっかりとした骨格となり、酸度1.3という静岡流の低酸タイプながらボディを支え、適度な冷蔵管理によって過熟が抑えられたのでしょう。

 

 NEW-5のおだやかで品の良いフルーティーな香りを、私はよく10代20代の“薄化粧美人”にたとえて紹介するんですが、30代40代になって“美魔女”“美熟女”になった感じ。『地酒をもう一杯』で「一部の酒販店主や飲食店主からは、管理次第で凄い酒になると評判である」と書いたことが、12年越しで実体験できたわけです。・・・私的にも、まったく奇跡のような出来事です。

 

 さらに、コクのある戸塚さんの豆腐を加えたことで、格安キャベツ豚バラ鍋が、最高級のクリスマスディナーになりました。

 

 

 静岡酵母を使う蔵元や、県外に出荷先を多く持つ蔵元は、変化しやすい生原酒や長期熟成に躊躇されるでしょう。蔵元はその酒が造り手としてベストな状態だと判断した時点で出荷する・・・それでいいと思います。バトンを受けた酒販店や飲食店がお客さんにリレーするときに、蔵元の理想をストレートに伝えるのか、自分なりのアレンジを加えるのか、そこは売り手のプロとしての矜持の在り方だと思います。

 少なくとも、日本酒には、こういう“化け方”をする酒が存在するのですから、日本酒本来の味の深みや面白さを追求してほしいと、改めて思います。

 

 いやぁ、それにしても、日本酒の味にこんなに感動したの、久しぶりだなぁ… 熟成酒を隠し持っている酒販店さんや飲食店さん、こっそり開けるときは、こっそり連絡ください(笑)