本日10月15日(土)の中日新聞朝刊に、富士山特集第7弾「富士山湧水が育む産業と人のいとなみ」が掲載されました。
今回は、私が個人的に信頼し、当ブログでも再三ご紹介している柿島養鱒の岩本いづみさんと富士錦酒造の清信一さんに、ずばり富士山湧水の恵みについて語っていただきました。また富士常葉大学水環境デザイン研究室の藤川格司教授に、学術的な解説をお願いしました。
ニジマス養殖の岩本さんと酒造りの清さん・・・富士山湧水の価値を語るにどんぴしゃりのお2人でしょう。藤川先生のゼミでも、学生たちが本当に貴重な水質調査をしています。世界文化遺産登録の盛り上がりの一方で、お膝元の環境調査をないがしろにしてはいけない、と強く実感します。
本当はお一人ずつじっくり紹介しても、紹介し足りない取材対象ですが、自分にそれだけ書ける力が蓄積されて、書かせてもらえる媒体を得られたらぜひ!。
〈富士山の水の恵み〉 富士山湧水が育む産業と人のいとなみ<o:p></o:p>
<o:p> </o:p>先月末、富士山の世界文化遺産登録推薦書草案がユネスコ世界遺産委員会に提出され、これから約1年をかけて、文化遺産としての審査を受ける。今回は、文化を育む源泉となった自然の価値―とりわけ水の恵みと産業について焦点を当て、湧水にかかわる人々を訪ねてみた。 <o:p></o:p>
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白糸の滝の魅力<o:p></o:p>
富士山の名水といえば、この光景を思い浮かぶ人も多いだろう。高さ約20メートルの溶岩の隙間から、糸のように無数の滝が流れ落ちる『白糸の滝』。この地に巻狩りに出向いた源頼朝が、おだまき(麻糸の玉)を手にした女性にたとえて「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」と詠んだように、古来、多くの詩歌に歌われ、文字通り“文化の源泉”になった国名勝・天然記念物指定の名瀑である。<o:p></o:p>
富士常葉大学水環境デザイン研究室の藤川格司教授によると、白糸の滝の湧水は約10万年前の古富士泥流層の溶岩と、その上に積もった約1万年前の新富士溶岩層の間から湧き出しているという。今も、高さ20~25メートル、幅約200メートルの溶岩壁から1日10万トンの水が湧き出し、水温は年間を通して15℃前後で一定している。<o:p></o:p>
「富士山の湧水ポイントは、古富士火山噴出物泥流と、新富士火山旧期の溶岩流の分布に関係している。異なる地質から異なる年代の地下水が流出する」と藤川教授。「研究者にとって富士山の地下水は未解明の分野。実に複雑で面白い研究対象です」と熱く語る。<o:p></o:p>
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湧水に育まれるニジマス養殖<o:p></o:p>
『白糸の滝』の北、芝川の上流に広がる『猪之頭湧水群』はニジマス養殖で知られる。昭和11年に静岡県水産試験場富士養鱒場が設立したのを機に、猪之頭一帯で養殖池が作られ、一大養鱒地に。戦後は冷凍ニジマスが北米に輸出され、国内需要も右肩上がりに伸びた。<o:p></o:p>
産業は成長・発展とともにリスクも伴う。台風や水害等の影響でしばしば変化する湧水量。加えて高度成長期には周辺に工場や事業所が進出し、水量は相対的に減少し始めた。リスクを避けた養鱒業者は市外・県外へ移転し、川魚消費の伸び悩みも手伝って、現在、猪之頭の養鱒業者は30軒足らずとなった。<o:p></o:p>
柿島養鱒の岩本いづみ社長は、ニジマス本来の美味しさを見直してもらおうと、飼料添加物や人工色素に頼らない天然素材の餌を毎日作って与える。3児の母でもある岩本社長の考えは「色素を添加した、脂肪が不自然に多い魚は育てたくない」と明快。餌の自家製造は養鱒業では極めて珍しいという。<o:p></o:p>
「魚が川の中で長い時間をかけ、自然に育つ環境を再現したい。それには豊富な流水量が不可欠」と案内してくれたのは、養殖池のすぐそばにある湧水ポイント。猪之頭はかつて「井之頭」と表記されていたそうだが、その名を象徴するような滝が水のカーテンのように岩肌を厚く覆い、川の各所で水がボコボコと湧き上がっている。今では国内外の名のある料理人や流通業者が視察にくる。<o:p></o:p>
養鱒業の未来は、この豊かな水の恵みを、食文化として発信できるか、或いは文化として語れる内容が伴っているかに懸っているようだ。<o:p></o:p>
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酒蔵の伝統を支える源泉<o:p></o:p>
名水が必要不可欠である酒造業。猪之頭の南西、芝川町柚野地区にある富士錦酒造は創業300年超という県内屈指の老舗酒蔵だ。<o:p></o:p>
18代目当主の清信一社長は神奈川県出身。妻朋子さんの実家である富士錦酒造に婿入りしたとき、井戸水を当たり前のように飲料にしていることに驚いた。一方、朋子さんは東京の大学に通っていた頃、水道水をそのまま飲もうとして注意されたことがあるという。「水を扱う事業者として、毎年2回欠かさず水質検査を行っていますが、まったく変化がない。富士山のろ過機能というのは凄いと日々実感します」と清社長。酒造家から見た富士山の湧水は「あたり(角)がない、やわらかで馴染みやすい」という。<o:p></o:p>
近年、酒質の高さが評価されている静岡県の吟醸酒は、洗米から始まる仕込み工程で大量の水を使う。仕込み水を道具洗いにもふんだんに使えることに、県外出身の杜氏や蔵人が感心する。「原料米や職人は外から調達することもできるが、水だけは持ってこれない。この地で酒造業を続けられるのは、この水があってこそ」と清社長は噛み締める。国際食品コンテストでも高く評価される『富士錦』には、「富士山湧水仕込」の文字が勲章のように輝いていた。<o:p></o:p>
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「世界文化遺産」と共生するために<o:p></o:p>
富士常葉大学水環境デザイン室では、「いのちを育む水の旅」と称して定期的に富士山周辺の水量・水質を調査し、人の暮らしと水環境のかかわりについて研究している。今年8月には富士山南麓の富士市今泉湧水群・田宿川周辺を調査した。同地区は明治初期に富士の製糸業の発祥地となった湧水地帯。今も工場稼働期には深層の地下水が過剰に揚水され、水位が低下し、駿河湾の海水が入り込んで塩水化に傾いたり、湧水が枯渇するなど水環境にしばしば変化が見られる。<o:p></o:p>
田宿川本流は1秒間に1トンもの流量があり、毎年7月にはたらい流し祭りも行われる。高度成長期にヘドロで汚染された苦い経験があり、地域住民が一丸となって浄化に努めた成果だ。その田宿川には絶滅危惧種の『ナガエミクリ』という貴重な水藻が群生している。これがしばしば異常発生して水位を上げる。富士山麓の茶畑で使用される化学肥料が原因で藻が育ち過ぎるからではないかとみられ、住民が川の清掃時にナガエミクリを伐採すると、水位はもとに戻る。<o:p></o:p>
「湧水や川の保全を考えるということのは、その流域全体の暮らしと産業の在り方に向き合うこと」と藤川教授。世界文化遺産と共生することになる富士山麓の人々にとって、避けて通れないテーマになりそうだ。(文・鈴木真弓)
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