杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

松崎晴雄さんの静岡県清酒鑑評会講評

2010-03-20 10:47:12 | しずおか地酒研究会

 昨日(19日)は平成22年静岡県清酒鑑評会の一般公開と表彰式があり、鑑評会審査員を務めた酒類ジャーナリストの松崎晴雄さんが来静されました。

 

Imgp2022  わがしずおか地酒研究会では、松崎さんが静岡県の審査員を務めるようになった平成13年から、一般公開&表彰式の日の夜、松崎さんを囲む地酒サロンを開催しています。

 昨夜も、呉服町に3月1日に開店したばかりの洋風バー『Neo Japanesque Bar MANDO』2階フロアに松崎さんをお招きし、今年の鑑評会審査の様子や、日本酒市場の動向などをうかがいました。

 

 

 MANDOの2階には、大型スクリーンとDVD再生機が完備されているので、参加者には『吟醸王国しずおかパイロット版』を観てもらいました。静岡の繁華街のど真ん中で、落ち着いた雰囲気のもと、映像視聴と飲食が楽しめる場所というのは大変貴重です。参加者からはさっそく「職場の集まりで予約するから、ぜひこの映像の試写をしてくれ」とオファーをもらいました!会場設営に多大な協力をいただいたMANDOの平井マネージャーにまずは心より感謝いたします(MANDOのお店情報については、『吟醸王国しずおか公式ブログ・杯が満ちるまでon web』もご参照くださいませ!)。

 

 

 松崎さんのお話を聞き書きしました。長文で恐縮ですが、静岡の酒を長年見守り続けてくださるお立場で、力強いエールをいただきましたので、関係者ならびにファンの方は、ぜひご一読いただきたいと思います。

 なお、平成22年静岡県清酒鑑評会の結果はこちらをご参照ください。

 

 

 

第36回しずおか地酒サロン 松崎晴雄さんの静岡県清酒鑑評会2010審査裏話&日本酒市場のこれから

 

 

○静岡県清酒鑑評会2010の審査を振り返って

 毎年、しずおか地酒研究会でその年の静岡県清酒鑑評会の結果や傾向についてお話させていただいています。

今年は312日に審査会が行われました。

 静岡の酒は非常に軽くて繊細だというのが特徴ですが、いつもの年に増して軽くてきれいな酒が多いと感じました。新酒の時期の酒は荒々しくて香りは高くても味が渋いという傾向が多いのですが、繊細できれいな酒という特徴に、味の丸みが加わり、新酒のこの時期にしては完成された酒が多かったように思います。

 

 

 静岡県清酒鑑評会には吟醸の部と純米の部があります。吟醸の部の出品酒はアルコールを添加しますので、キレがよく、味がサラッとしていますが、純米の部の出品酒も軽くてサラッとした酒が並んでいました。今冬の厳しい寒さで、低温発酵管理がうまくいったのではないかと思います。

 一方、原料の米については、ここ数年、山田錦をはじめとする酒造好適米が、夏の間の気候障害で米が胴割するなどうまく発育ができず、醸造したときの融け具合にも影響するという傾向が続いています。

 にもかかわらず、今回は22社の出品で、吟醸の部に17社、純米の部に18社が入賞し、上位と下位で極端な差がなかったという印象でした。それだけ全体の底上げやレベルアップが図られたのだと思います。

 

 

 静岡の酒の鑑評会というのは審査に特徴があり、静岡らしい酒=静岡酵母の特徴を活かした香りのきれいな、味が丸くて柔らかい酒を評価するという基準があります。そういう明快な審査基準のもと、上位と下位の酒に差がなかったというのは、各社の認識がきちんと共有されている成果だと思います。

 

 

 

○鑑評会の在り方

 日本酒の品質コンテスト=清酒鑑評会というのは、酒造業の技術研さんを目的にスタートしました。全国規模で行われる全国新酒鑑評会は明治期から始まり、100年余の歴史を誇る世界のアルコール業界でも稀有なコンテストです。

日清・日露戦争当時、国税の3分の1を酒税がまかなっており、戦争を継続させるためにも酒税というのは大変重要な財源でした。造ったはいいが酒にならない、売れないでは、蔵元も大変ですが、国としても困るわけです。

 その当時と今とでは、酒造業を取り巻く環境は激変しており、鑑評会も、明治の草創期と同じスタイルでいいのか、地域で行う鑑評会はどうあるべきかが見直されるようになりました。出品酒には欠かせない最高級の酒米山田錦は、静岡県でも20年ほど前まで入手しにくい米でしたが、現在は千数百ある全国の酒蔵の中の3分の1は苦労せず入手できる時代になったのです。

 

 

 静岡の鑑評会では、静岡酵母の特徴を活かした酒、イコール呑んで美味しい酒を評価しようという流れを作りました。

 最近、とかく言われるのは、全国新酒鑑評会で1000点近い酒が集まる中、入賞を目指そうと他よりも目立つ香りの酒、第一印象のインパクトが強い酒を出品する傾向。全国レベルでの技術競争の場でもあるわけですから、各地域で新しい酵母の開発にも熱が入ります。入賞を意識するあまり、香りが高く出すぎる酵母を使っても、商品になったときにはたして呑めるかどうか…実際、鑑評会出品酒で、喉が焼けるような思いをしたこともありました。そんな酒が増える中で、静岡の酒は静岡らしさを守っています。つまり鑑評会の中にも2つの流れがあるわけです。

 自動車でも、F1レースに出場するマシンはスピード能力に特化する。しかしふだん乗る車は居住性や燃費がいいものを選ぶでしょう。酒も同じで、静岡の酒はふだん安心して乗れる車のようなものだと思います。

 

 最初に静岡の酒がブレイクした20余年前から、静岡の酒のスタイルというのは大きくは変わっていません。当時は静岡の各蔵も山田錦が入手しにくかったことから、吟醸酒造りに苦労したようですが、米の流通を含め、酒を取り巻く環境は変わり、バブル期を経て吟醸酒は市場に浸透しました。

そんな変化の後も、静岡の酒はブレイク当時とほとんど変わらない。喜久醉の青島孝さんが『吟醸王国しずおかパイロット版』の中で、「静岡の酒は日本酒の本質を表している」と述べておられましたが、実に的を得た言葉です。

 

 

○海外市場に向けて

 日本酒はここ10数年来、海外からの需要が増えています。一昨年秋のリーマンショック以降、やや足踏み状態で、昨年はその影響を受けて久しぶりに日本酒の輸出量が前年比97%になりましたが、依然として輸出先で断トツに多いのはアメリカで、ここ5年ぐらいで急成長しました。

アメリカ輸出用の酒は、一升瓶で50006000円ぐらいの純米吟醸・純米大吟醸クラスのものが売れています。日本酒は当初、エキゾチックな東洋の酒というイメージで受け入れられていましたが、吟醸クラスの酒をアピールすることによって、徐々に日本酒本来の美味しさが理解されてきたのだと思います。

 ワインと違い、日本酒は色が透明なので、パッと見はどれも同じですが、呑んでみると香りや味わいが全然違う。和食のみならず洋風にも合う、とくに魚料理には非常にマッチするということに、海外の人々が驚きと感動を持って受け入れつつあります。

 

 

 アメリカでもどちらかというとバブリーな需要があって、マイアミ、ラスベガスなどセレブがお金を使うような場所で売れています。ラスベガスあたりでは、ギャンブルですった得意客をなだめるために、ホテルやレストラン側が「店のとっておきの酒をサービスします」と10数万円の価格が付いた日本酒を出したなんて話も聞きました。日本ではありえない話です。

 

 

 最近では韓国や中国の伸びが顕著です。韓国は少し前まで日本の食や文化に抵抗感が根強かったのですが、最近では状況が変わり、日本酒も毎年200%近い伸びを見せています。

 中国は韓国ほど表立った数字では出てきていませんが、アメリカを抜くぐらいの勢いで伸びています。

 アメリカあたりでは成熟した呑み手が日本酒の価値を理解して呑み始めているわけですが、韓国や中国ではまだ、日本酒を呑むこと自体がステイタスのようなとらえ方をされています。それでも造り手の違い、産地の違い、原料の米や製法の違いなど、さまざまな楽しみ方を理解していけば、本当の意味で、地に足のついた日本酒ブームが起こるのではとも思います。いずれにせよ、市場が成熟してくれば、蔵元や地域の個性をきちんと表現できる酒が強みを持ってくるでしょう。その意味で、明快な酒質を持つ静岡の酒には大いに期待できます。

 

 

 製法の特徴を英語やハングルや中国語で説明するのは難しいかもしれませんが、呑んでみて違いがわかればいい。わかりやすい酒というのが大事だと思います。

 きれいで丸くて呑み口のやわらかい静岡の酒は、日本酒を初めて呑む海外の人々にも好感を持って受け入れられると思います。

 ぜひ静岡へ来た海外の人をもてなすとき、あるいは静岡から海外へ出かけたときに、静岡の酒をアピールする機会を持っていただきたいですね。(聞き書き/鈴木真弓)


健康博覧会2010

2010-03-18 22:04:06 | 社会・経済

 儲かりビジネスのキーワードは3K(健康・環境・観光)、と言われる中、昨日(17日)は県商工振興室のお誘いで、東京ビッグサイトで始まった国内最大級の健康産業展示会『健康博覧会2010』を視察してきました。東京ビッグサイトの催事は年に数回観に来ていますが、「健康」に特化した催事でこれほど客が来るとは…!とビックリするほどの盛会でした。やっぱり儲かりトレンド3Kの一角を担うだけあるんですねぇ。

Imgp2014  

 会場は、「健康・化粧品原料・OEM」「ヘルスフード」「オーガニック&ナチュラル」「ウェルネス」「メタボ対策」「ダイエット&ビューティー」「シニアライフ」「販促支援」の8ゾーンに分かれていて、静岡県からも18社が出展しています。

 

 初日の昨日17日は、11時30分から会場内で『健康自治体サミット』というセミナーが行われ、北海道、新潟、静岡、島根の各県代表が地方発の健康商材の魅力を語り合いました。

 

 

 

 静岡県からは産業部理事の吉林章仁さんが、ファルマバレー(静岡県東部を中心とした医薬ウェルネス産業集積)・フーズサイエンスヒルズ(県中部地区を中心とした機能性食品産業集積)等の取り組みを発表。とくに、病院と大学・研究機関、大学・研究機関とメーカーを有機的に結びつけ、医療と製造業が一体となって地域医療や健康長寿づくりに寄与できるファルマバレーの仕組みづくりはImgp2011、他の地域と比較してもかなりの先進性をアピールできたのではないかと思いました。

 

 

 北海道、島根の取り組みは、地場産品(おもに農産物)の機能性に特化した新商品開発の支援。研究機関の調査分析で、「この野菜には今まで知られなかったこんな優れた栄養価があることが解明できた」という話はよくありますが、いざ商品化したときに、パッケージに機能性を(薬事法や健康増進法の規制で)大々的に表示できないというのが共通の悩みのようです。

 

 でも、口に入れる物にどんな機能性があるか、生産者は大いにアピールしたいし、消費者だってうんと知りたいわけで、双方にニーズがあるのになぜ障壁を造るのか、そのあたりは、コーディネーターの先生が「法律を振りかざす役人は北朝鮮指導者並みの独裁者だ」な~んて揶揄するほど。

 

 セミナーでは、各県代表者のお悩みに応える形で、「欧米はじめ世界40カ国の政府機関が正式採用し、日本医師会も正式採用した健康食品情報の国際データベース『ナチュラルメディシン』を基に、(社)日本健康食品サプリメント情報センターが個別認証するハイクオリティ認証を積極的に利用したらどうか」という提案もなされました。

 

 新潟では、県健康ビジネス協議会という組織が立ち上がり、すでに『健康ビジネスサミットうおぬま会議』というイベントを全国15都道府県から約1000人を集めて華々しく開くほど。ネットワーク作りに力を入れているようです。

 

 

 セミナーを聴講した後、3時間かけて会場内をつぶさに視察しました。コピーライターとしては、ネーミングやパッケージのキャッチコピー等で新機能を謳う新商品がどんなアプローチをしているのかが勉強になった一方で、出展ブースの多くが展示即売し、「この展示会限定の特価!」をウリにしていたので、すっかりカスタマーナイズされてしまい、ドイツから初上陸というオーガニック系のドクターコスメを、ついつい衝動買いしてしまいました(苦笑)。

 

 ふだんの買い物では、1円でも安いガソリンスタンドを探したり、10円安い卵のパックを遠くのスーパーまで買いに行き、野菜はなるべくファーマーズマーケットの規格外商品を買い、東京出張は早起きして高速バスを使う等、必死に節約しているのに、効果が絶対的に保証されているわけでもないサプリメントやオーガニック化粧品に、何千円も遣ってしまうこの心理・・・。本を買ったり映画を観たりした後は感じないのに、買ってしまった後でなんとなく感じてしまう罪悪感・・・。健康ビジネスというのは、人の心の隙間につけこむ魔物のようなものですね、ほんと(苦笑)。

 健康博覧会2010は19日まで東京ビッグサイト東ホール開催です。

 


閉町の日の蔵開き

2010-03-15 10:34:40 | 吟醸王国しずおか

 昨日(14日)は、富士錦酒造の蔵開きの撮影に行ってきました。富士山は霞がかかっていましたが、晴天の下、田んぼにシートを敷いて朝9時から飲み放題の宴会が始まります。その数、1万人強。芝川町の人口を超える人数です。1社の蔵開きで、これだけの人を集めるイベントは、静岡県内ではもちろん、全Dsc_0003 国でもあまり例がないのでは・・・。

 

 

 朝、蔵へ向かう途中、芝川町の町立文化ホール『くれいどる芝楽』の前で車が渋滞していて、何か大きなイベントがあるのかな、と思いました。

 富士錦での撮影を終えて、昼前、ふたたび『くれいどる芝楽』の前を通ると、式典用の正装をした関係者が出入りしているのが見えて、何かのお祝い行事かなぁと思って帰宅して調べたら、芝川町の閉町式だったんですね。3月23日に富士宮市と合併するのです。

 

 昭和31年(1956)、芝富村と内房村が合併して富原村が生まれて、その翌年の昭和32年に、富原村と柚野村が合併して誕生したのが芝川町です。

 

 その遥か昔、富士錦酒造の蔵元・清さんの家は、元々は源頼朝が旗揚げしたとき、宇都宮から富士山麓へはせ参じた一族で、江戸時代に芝川流域に平地が開墾されたころ、清家をはじめとした近隣の人々が必死で田を起こし、この地の基盤を作りました。豊作が続くと余った米を山里では消化しきれず、富士山麓の周辺では地主の多くが酒造りを創業しました。大正時代まで今の酒小売店ほどの数の造り酒屋があったそうです。

 今では芝川流域で唯一の蔵となった清家も、江戸期の創業で、現在の当主で18代・創業300年を誇る県内屈指の伝統蔵です。

 

 清家では、明治から大正期、稲作と山林業と養蚕を兼業しながら、富士宮の阿幸地(あこうじ)から腕のいい杜氏を招いて酒造の灯を守りました。

 昭和に入って戦争で一時中断し、農地解放後の昭和22~23年ころから酒造専業となります。戦後の高度成長期は、安定的な働き口が増えたこともあり、杜氏が地元で思うように蔵人を集めてチームを構成することができなくなり、杜氏集団の伝統が残る長野や新潟から杜氏を招くようになりました。

 

 

 今の杜氏・畑福馨さんは平成8年から務める南部(岩手)杜氏。18代目の現社長・清信一さんと同期入社です。南部杜氏自醸会やモンドセレクションで好成績を上げ、今年の静岡県清酒鑑評会でも純米の部で県知事賞を受賞するなど、15造り目を迎え、静岡を代表する名杜氏と称されています。

 

 昨日は仕込み蔵の入口でお客さんを出迎え、質問に応えていた畑福さんをつかまえてインタビューを撮らせてもらいました。

 県知事賞のお祝いを伝えると、「いやぁ、毎年1年生の気持ちで、緊張の連続です」と真摯に答える畑福さん。蔵に、1万人もの一般客を迎えて直接飲ませるというのは、杜氏さんにとって少なからずプレッシャーになっているのでは・・・とも思って訊いてみると、「南部杜氏の仲間にこの光景を見せたいですよ、杜氏仲間の蔵でも、これだけお客さんが来る蔵はないでしょう」と誇らしげ。受賞は、出品するからには当然、獲って嬉しいだろうと思いますが、お客さんから直接「うまい」と云われることも、それに匹敵するくらい、モノ造りの職人には勲章モノなんですね。映像から、その実感が観る人に伝わるといいなぁと思います・・・。

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 富士山を借景に、お天道様のもと、田んぼにシートを広げて大はしゃぎで飲む1万人の老若男女をカメラに収め、閉町式のあったホールを通って帰宅して、写真や資料をチェックするうちに、地域における酒蔵の存在意義をしみじみ考えました。

 

 ・・・町の名前が消えてしまうのは、江戸時代にこの地が開墾されて以来、繰り返されてきた宿命だったのかもしれないけれど、酒が出来て、田んぼに集まってみんなが飲んで喜ぶ姿や、酒造り職人が「うまい」と褒められて意気に感じる姿は、それこそ300年前から変わらないんじゃないかしら。

 

 

 世の中に、300年400年続く伝統文化や産業は他にもありますが、これだけ地域に開放され、庶民に愛され、支持される産業があるでしょうか・・・。しかも、それを体現して見せた富士錦酒造だけがこの地で18代の今も生き残っていることに、地方自治や地域産業の担い手が学ぶことは多いのでは、と思います。

 富士錦のみなさん、本当にお疲れ様でした!

 


映画館で体験すること

2010-03-13 00:54:00 | 映画

 先日のネットニュースで、「現実逃避をするため映画館に行く人が、5人に2人いる」らしいと知りました。ロイターが23カ国2万4千人を対象に調査したそうで、現実逃避派ではトルコ67%、インド61%、韓国54%、日本41%。NOで多いのはハンガリー76%、オランダ・メキシコ74%、スウェーデン71&、ドイツ70%とか。お国柄による違いはよく解りませんが、映画の興行収入はメガヒットシリーズのパワーもあって、全体的には伸びているそう。不景気のとき、手軽なレジャー&現実逃避に映画館へ行く人が増える、というのは、なんとなく理解できますよね。

 

 私の場合、映画館へ通う動機は、「現実逃避」と「創作刺激」を求めることが半々ぐらいかな。『ポニョ』とか『アバター』みたいなメジャーなヒット作を観るときは完全に「現実逃避」。そこそこのヒット要素が確保され、お金を払っても後悔しないと担保されているレベルの作品を何~にも考えずに観る。映画館という隔離空間で時間を過ごすことが目的になります。

 

 

 今週はそうではなく、久しぶりに純粋に「創作刺激」を求めて3本立て続けに観ることができました。私にとって、静岡市内の映画館で同時期に3本も「創作刺激」をくすぐられる作品を観られるなんて滅多にないことで、本当にラッキーな週でした。

 1本はアカデミー賞を獲った『ハート・ロッカー』。戦争モノってヒーローの武勇伝か、ドンパチをリアルに描いて人間の狂気をえぐり出す・・・なんてパターンが多くて、戦争を知らない世代にとっては、どこか遠い世界の遠い時代のお話、でしたが、この作品に描かれた戦争は、等身大の痛みや、痛みが麻痺してくる怖さをまざまざと実感させてくれました。

 

 爆弾処理の仕事って、究極の「他人が嫌がる仕事」ですよね。これを請け負う人間の「もうたくさん」「あと何日で解放される・・・」という思いと、「他人がまねできない仕事」「現場に戻ってこそ自分の存在意義がある」という思い・・・。戦場を「職場」に、戦争を「仕事」に置き換えてみると、すごく伝わってきます。イラク戦争を、いわゆる戦争映画風ではなく、若者の自分の身の置き場として描いたことで、戦争が現代の若者を当事者とした現在進行形の出来事だと伝わってくる。・・・そのことが、現代の戦争の惨さを一層際立たせるのです。

 

 戦争という、一般人から見たら非日常の世界を、一般人が日常感覚を掘り起こしてまで感じ取れる映像というのは、もしかしたら、政治や経済なども日常サイズで咀嚼して理解できる女性だからこそ撮れたのかな・・・とも思います。監督は「女性監督」という紹介のされ方を嫌がっているみたいですが、私は純粋に、こういう作品を女性が撮ったということに感動できました。

 

 

 2本目は『チェイサ―』。私の大好きな韓国クライムサスペンス『殺人の追憶』に通じる作品で、静岡では未公開でしたが、シネギャラリーでこの1週間だけ特別上映されたのでした。

 

 話の骨格は連続殺人犯と元刑事の、単純と言えば単純な追走劇なんですが、警察組織の建て前とか、粗暴な元刑事の隠れた人間味とか、動機が見えない殺人犯の不気味さとか、プロットとしては日本の刑事ドラマなんかにもありそうだけど、なぜだか日本では絶対に作れない映画だなって思えます。

 

 映画評論家のようにうまく言えないのですが、『殺人の追憶』にも共通する、ジメジメとした湿気や、映像が醸し出す臭いを、スクリーン上のことなのに体感させられ、嫌悪感さえ覚える。・・・でもスクリーンから目が離せない。最後の最後まで心臓がドキドキする思いは、映画館では久しぶりの経験で、お気楽「現実逃避」のつもりで観に行ったら、エライことでした。たぶん、骨ある映像クリエーターなら、映画で観客にそんな体験をさせる作品を撮れたら!と思うでしょう。監督はこれが長編初メガホンの若手だそうですから、韓国の映像クリエーターの底力は末恐ろしい・・・。

 

 

 3本目は『バクダッド・カフェ』。ライター稼業に就いたばかりのころ、映画通の友人ライターに薦められて観た作品で、20年ぶりにニューディレクターズカット版が公開されたのでした。20年前は、太ったドイツのおばさんと、更年期みたいな黒人カフェ女主人の組み合わせがとにかく斬新で、それにあの印象的な主題歌「コーリング・ユー」・・・。なんとも不思議な世界観に、「こういう映画の良さが理解できれば映画通になれるのかしら」などと背伸びして観たものでした。

 

 ニューディレクターズカット版は、色彩が鮮やかで、上質な絵画を鑑賞しているよう。音楽はコーリング・ユーの印象が強すぎたのですが、バッハがこんなにも効果的に挿入されていたのかと再発見し、監督の色調と音へのこだわりが作品の世界観を創る大事な要素だったんだと改めて理解できました。

 

 シナリオも、シンプルでとてもいい。ドイツのおばさんがなぜアメリカ西部の砂漠に来たのかも、砂漠のモーテルに集う怪しげなお客たちの素性もいっさい説明なし。カフェの女主人だけが、いびつな状況にいきり立っていて、終始怒鳴り散らしている。彼らが相互理解していく過程には、とくに大きなドラマはないのだけれど、人は、人に理解してもらいたい、理解し合いたい生き物なんだって自然に伝わってくる。・・・とくに『ハート・ロッカー』や『チェイサ―』を観た後に、これを観ると、なんだか癒しエステに来たみたいにホッとします。

 

 

 

 映画館は、閉ざされた空間で他人と同じ空気を吸っているのに、ふだんの生活ではなかなか経験しないような感情が高ぶる、揺さぶられる体験ができる不思議な場所です。

 それが「現実逃避」といわれるならば、街中で、こんなに気軽に「逃避」できる場所があるなんて、幸せなことですよね。

 


洗いに始まり洗いに終わる

2010-03-11 17:02:14 | 吟醸王国しずおか

 10日は『吟醸王国しずおか』の撮影で、「喜久醉」の蔵元・青島酒造に。この日、大吟醸の最後の上槽があり、搾り終わった後の酒袋を洗う様子を撮影しました。

 

Dsc_0025  酒袋を洗う作業って、わざわざ撮影するほど大事なの?と思われるかもしれませんが、静岡吟醸ではこれがキーポイント。・・・というよりも、口に入れるものを製造するメーカーならば、道具の手入れって基本中の基本ですよね。

 

 

 静岡の吟醸造りは、再三お話しているように、最初の米洗いから、最後の袋洗いまで、すべてにおいて完璧を追求しています。

 軟水をベースとした、軽くてすっきりとした飲み口と、繊細でデリケートな味わいを大切にするだけに、よけいなものをとことん排除する。酒袋も、フツウに洗っただけでは、放っておけば、匂いやクセが染みついてしまいます。フツウの洗い方じゃなくて、袋だって、とことん洗わなきゃならないのです。「洗いに始まり、洗いに終わる」が静岡吟醸の流儀なんですね。

 

 

 袋の洗濯といっても、洗剤や漂白剤は使いません。すすぎが不十分だと、匂いが残ってしまうからです。とにかく水だけで、10日から2週間ぐらい、毎Dsc_0031 日毎日洗う。「袋の底の縫い目を噛んでみて、うちの水の味しかしなくなったらOK」だそうです。

 蔵元杜氏の青島孝さんはこの家で生まれ育ち、我が家の水の味は他の誰よりも解るはずですから、袋が「うちの水」と同じになるまで、とことん洗うわけです。人任せにはできない作業ですね・・・。

 

 

 洗米作業のときも実感しましたが、湧水を、道具の洗浄にも無尽蔵に使えるって、本当に貴重で贅沢なことだなぁと思います。

 

 日本は水に恵まれた国で、全国各地に名水どころが点在し、酒どころは水がいいというのが定説ですが、水質は良くても水量が安定しない、水温に差があるといったところも少なくないようです。

 かつて青島酒造の杜氏を務めていた南部杜氏(岩手県)の富山初雄さんも「こんなに水に恵まれた土地はない」と感心していたのを覚えています。確かに、酒造りでは仕込み、洗米、道具の手入れと、とことん水を使うのですから無理もありません。

 

Dsc_0034  

 高校卒業後は家を離れ、東京の大学を出てニューヨークで金融の仕事に就いていた青島さんですが、「自分の故郷が、そういう豊かさを誇れるかけがえのない地域だと気付いたからこそ、戻ってきたんです」と語る彼の実感は、なるほど、この豊かな水流を眺めているだけで伝わってくるようです。

 

 

 水の価値や、袋洗いの大切さ。・・・目立たないところにも心を尽くす職人の姿は美しい、と改めて思います。『吟醸王国しずおか』も、そういう姿勢を大事に撮って残したい、と思っています。