村上原基、滋賀県安曇川の山中20年⇒麓の町の田中に一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

291.生活感のない、生活に根ざさない都会の暮らしよさらば

2012-12-17 21:12:36 | 人生
村上和隆 
   京都事務所:京都市伏見区深草出羽屋敷町23ファミール伏見B905
   滋賀支所:滋賀県高島市安曇川町長尾字上塚野1189-10
村上和隆総合支援&村上原基人生勉強会
関西ISOシニアコンサルタントネットワーク
台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒関西ISOシニアコンサルタントネットワーク創業⇒人生勉強会創設

お久しぶりです、目下人生勉強会立ち上げに取り組んでいます
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田舎の山で暮らして14年間、やっとのことで
山の暮らしが板につき、山の暮らし方が少しづわかってきた

そして山の素朴で自然な暮らしの良さや重要さがわかってきた
以前は頭から、都会の暮らしが楽しく、快適なように思っていた
しかし
どうも大きな錯覚に過ぎなかったようだと気付いてきた
麻薬やお酒やたばこは、本来害毒であるのだが、必死に求める
お金を全部使い・借金し・盗みを働いても手に入れようとする
しかし、どうもそれは
一部の麻薬患者やアルコール中毒患者だけのものではないようだ
私が山でひっそり、毎日野山で汗かきながら自然な暮らしてみると
都会の人の生き方も、麻薬患者のように歪み、異常に思えてきた
無論、都会の人達自身は、そんなことは思ってもいない

・自ら動かなくてもお金さえあれば生きていける
・衣食住をほとんど他人に頼っていることを、当前に思っている
・日がなパソコンやゲームのキーを押し続ける
・隣近所の人との会話や付き合いもない
・人が互に支え合い・助け合い・関心を持つ関係でもない
・土や植物や動物や虫との接点は、あまりに少ない
・汗を流して労働しなくても何となく暮らしていける
・全部家電製品や自動車や機械がやってくれる
・お寿司までベルトコンベヤーで供給される始末
・機械や電気や水道やガスも使えなくなっても生きていけると思っている
・水が止まる、ガスが止まる、電気が止まると文句を言う
・思いどおりいかないと政治や役所や上司や先生のせいにする
・下水がつまる・電気製品や機械が壊れても自分では修理できない
・夫婦の会話も接触もない、親子の会話もない
・結婚したかと思うと、すぐにあっさり離婚する
・30歳40歳になっても、なかなか結婚しないが平気だ
・足腰や身体が傷むと安易に病院や整骨院に行く
・汗かき肉体労働はしないわりに、ガンガン酒・ビール・外食をする
・小さな子供が寿司を貪り食う、お菓子を貪り食う
・肥満にならんようにとお金を出してスポーツジムに通う
・バーチャルな暮らしをする⇒経験が累積せず、創意工夫もしなくなる
・いざという災害が起きても何もできず役にたたない
・生活に関する知恵や技能は全くと言ってよいほどない
・知恵なんてのは、電気製品や携帯やネットをどう使うかなんてことぐらいだ
・大食い・身体を動かさない・楽する⇒その結果として肥満や病気になる
・神経科の医者には若者の患者が列をなす
・原発事故や大地震や大津波以上に、毎年何万人が自殺する

身体を動かさないわりに無駄・無益なことを、飽きもせずやる
そして「景気が悪いのをなんとかしろ」と言う
「どこが景気が悪いの?」と言いたくなる
質素倹約・自ら身体を動かせば収入が少なくても十分暮らせるのに・・・

私の山の暮らし方はとにかく朝陽が昇って起床、ほぼ一日作業をしている
田舎の人(大人)は皆多少の差はあれ一日身体を動かしている
・都会の暮らしは、生活に根ざしていない、だってキー打つのが仕事だ
・都会の暮らしは、嘘誤魔化しだ
・都会の暮らしは、いざとなると大きく崩壊・挫折する
・都会の暮らしは、人間としての働きを弱める
・都会の暮らしは、不健康で人を病気にする
・都会の暮らしは、麻薬患者のように、依存患者そのもの
・都会の暮らしは、自分が人や動物であることを忘れさす
・都会の暮らしは、もはや人間の暮らしではない
・都会の暮らしは、人間を幻想の世界に引き込む
・都会の暮らしは、不平・不満を増長させる
・都会の暮らしは、秀才・金持ち・企業家によって牛耳られる
秀才・金持ち・企業家によってどんどん、嘘つかれ、誤魔化されていくのだ
自分がいない、いざとなると何もできない、自信もない、不安だ
多分ねずみ講まがいの文明が衰退し崩壊するまで気づかないだろう

無理するな身の丈にあった生き方、生活感の伴った暮らし方
景気が悪いと不平不満なんかを言わずに
宮沢賢治のような質素で地に足のついた生き方を取り戻したい
そういう意味で
私の14年間の広大な山でのひっそりと生活感のある暮らしは
少しだけにしろ私に人間の生き方を思い起こさせてくれた
昔僧侶が山に篭って修行をしたらしい、そこまでは行かなくても
山の暮らしは、何がしかの効果があるように思っている
コメント
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