8月30日付 読売新聞編集手帳
街灯のそばで、
地面に這(は)いつくばった男がいる。
「何かお捜しですか?」
「上着のボタンを落としましてね」
「ここで落としたんですか?」
「いいえ。でも、ここがいちばん明るいものですから…」。
西洋のジョークにある。
国民の信頼というボタンを、
民主党はどこかに落とした。
東北地方の被災地、
不手際で国益を揺るがせた尖閣諸島沖、
「普天間」で迷走した沖縄…
心当たりの場所はいくつもあるだろう。
かつて一度は光り輝いた政権公約(マニフェスト)という“街灯”の周囲を
うろうろしていればボタンが見つかる。
そう考える人がいまも党内にいることが不思議でならない。
野田佳彦氏が民主党の新しい代表に選ばれた。
街灯の下を離れ、
野党の手も借りてボタンを捜そう、
と説いた人である。
マニフェストを守れば国民の信頼は戻る、
と唱えた対抗馬が敗れたのは、
当然というほかはない。
辞を低くして野党に協力を仰ぐ場面もあるだろう。
あまり格好のいい役回りではないが、
金ピカの衣装で見得(みえ)を切る花形役者になりたがった首相のあとである。
ボタンのとれた上着の似合う首相もたまにはいい。