9月11日 サンデーモーニング
第2次大戦後、経済力と軍事力でアメリカは世界の覇権国となった。
しかしその後、ベトナム戦争での巨額の出費や
中東産油国の台頭による石油の価格支配力の低下も加わり、
その勢いに徐々にかげりが見え始める。
ソ連との冷戦に勝利したアメリカがさらなる繁栄を目指して選んだのは
市場論理最優先グローバリズムによる金融大国への道だった。
その一方で、民主主義を旗印に敵対国への軍事圧力を強化。
そこにはアメリカ流の民主主義を広めることで国際社会での存在感を強め
経済の拡大をはかろうというねらいもあった。
そして2001・3・11。
2001年10月アフガニスタン戦争。
2003年3月イラク戦争。
東京大学大学院(政治学)姜 尚中教授
「軍事力では解決できないことをアフガン戦争で実証している。
アメリカが全ての経済的な国際社会の秩序の中心でいられる実体がない。
アメリカが世界に覇を唱えアメリカ中心で世界が動く世界には戻れない。」
1945年、アメリカに敗れ、焼け跡からの復興を余儀なくされた日本。
朝鮮戦争特需の追い風にも助けられ、急速な復興を遂げる。
その推進力となったのは、
人、物、金を東京に一極集中させ短期的に効率よく回転させようというシステムだった。
歴史的な高度成長の実現、
GNP世界第2位の経済大国、
右肩上がりの成長神話。
あくなき経済拡大をささえるエネルギーの柱の一つとしてあらわれたのが
核の平和利用・安全神話に彩られた原子力発電所である。
そして迎えたバブル景気とその崩壊。
深刻な経済低迷に直面する中、不況脱出の道としてえらんだのは
規制緩和、公立重視を求めるアメリカ発のグローバリズムだった。
同志社大学大学院(経済学)浜 矩子教授
「もっと豊かな、もっと利便性のある高いものをひたすら求めていき
経済活動が拡大再生産するという幻想のなかに陥ってきた。
グローバル時代は他を蹴散らして一人で生存権を勝ち取る時代である。」
満足することを知らない経済拡大の動きは一方で深刻な社会のひずみをもたらした。
拡大する格差、弱肉強食の競争、中央と地方の断絶、人間と自然のつながり喪失。
古くから日本人が抱いてきた自然に対する畏敬の念さえも
便利で快適な生活を追い求める中で忘れてきた。
進駐軍の通訳として来日して以来、
日本を愛し、日本の人々と深い交わりを重ねてきた
日本文学研究者 ドナルド・キーン氏は震災後、被災地の痛ましい苦境を目の当たりにし、
“日本人を共に生きたい”と日本国籍の取得を決意し、
今月、永住するため日本に帰ってきた。
「日本で旅行すると自然を犠牲にしていると南海も感じる。
必要でない道路をつくって木をたくさん伐採してそして水が汚くなる。
お金のためだけではなく便利のためにどんなものでも犠牲にする。
便利さは美の一番の敵。」