9月15日付 読売新聞編集手帳
号「風天(ふうてん)」、
渥美清さんには、
秋の秀句がいくつもある。
〈ゆうべの台風どこにいたちょうちょ〉
〈秋の野犬ぽつんと日暮れて〉
〈赤とんぼじっとしたまま明日(あした)どうする〉。
どれも、傍らの小さな命に語りかけている。
映画『男はつらいよ』で渥美さんの“フーテンの寅”が、
旅先の夕暮れ、
道端に腰掛けている姿を思い浮かべた方もあろう。
渥美さんを偲(しの)んで創設された「寅さん俳句大賞」の作品募集が始まった。
葛飾柴又寅さん記念館と角川学芸出版、
読売・日本テレビ文化センターの主催によるもので今年が3回目となる。
美しい海山と、
ひとの心の結びつきと――
寅さんのいた世界を、
誰もがあらためて夢想した震災後である。
どういう作品が寄せられるか、
興味は尽きない。
渥美さんが68歳で惜しまれつつ世を去って、
15年になる。
『男はつらいよ』のシリーズ最終作『寅次郎紅の花』は
阪神淡路大震災の被災地・神戸が舞台だった。
幕切れで、
寅さんが被災地の人々に語った最後のセリフを思い出す。
「みんな苦労したんだなあ。
ほんとうにご苦労さまでした」。
今もまた、
その温かい声が聞こえてくる。