10月29日 読売新聞 編集手帳
緒方貞子さんはアフリカの難民キャンプを歩いていたとき、
日本語で声をかけられた。
「ムスメノナマエハ、
『サダコ・オガタ』デス」。
愛くるしい瞳の1歳の女の子を紹介された。
国連難民高等弁務官に就任以降、
ここまで感謝されるには紆余(うよ)曲折あった。
ルワンダ内戦では難民キャンプに虐殺をした民兵が潜り込み、
支援撤退を訴える民間団体もあった。
だからといって多数を占める女性や子供を見捨てられるのか、
と激しくやりあったという。
ジュネーブの本部で報告を待つのではない。
ヘルメットと防弾チョッキ姿で紛争地を歩く小柄な女性に国際社会は目を見張った。
現場主義を貫きながら、
人道支援に尽くした緒方さんが92歳で亡くなった。
イラクのクルド人難民問題では国境を越えられない人々を救おうと、
国境の外に出た人が難民という原則を覆す決断をして、
保護のあり方を変えたこともある。
正義と勇気を胸にこれほど無数の命にかかわり、
敬愛された日本人はいまい。
サダコ・オガタちゃんも無事に大人になっていれば、
子供に囲まれている頃合いである。
遠くから祈りをささげているだろう。