箕面三中もと校長から〜教育関係者のつぶやき〜

2015年度から2018年度に大阪府の箕面三中の校長を務めました。おもに学校教育と子育てに関する情報をのせています。

1年宿泊学習終わる 他雑感

2016年06月05日 14時04分17秒 | 教育・子育てあれこれ


1年生は昨日、午後5時前に、宿泊学習から三中へ帰ってきました。

事故やケガもなく、無事に戻ることができました。

帰路の途中から、雨が降り出しましたが、活動中は晴天で、予定の行程は問題なく楽しむことができました。

活動中には、随所で生徒たちが助けあったり、協力しあう場面を目にすることができ、学年教職員は喜びの感想を、伝えてくれました。

今後の学年の成長が、おおいに期待できます。
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さて、話題をかえますが、私は産婦人科の医師ではなく、じつは産婆さんの立会いで生まれました。

私の子どもの頃には、家では稲作をしてお米を作っていました。

その頃、田植えと言えば近所の人が手伝いに来て、苗を一本ずつ植えていました。

隣組のなかで、葬式が出ると近所から手伝いの人ががやってきて、料理を作ってくれました。

小学生のとき、友だちと遊び半分でため池の樋(ひ)を抜くと、勢いよく水路に水があふれ出し、えらいことになりました。池の守りをするおっちゃんからこっぴどく怒られました。

冬には、「火の用心」と言いながら町内を回りました。

このように、地域社会の人と人のつながりがしっかりと根づいていました。

それは濃すぎてしんどいこともありましたが、みんなが協力し合うコミュニティに助けられたことも、多くありました。

つまり、コミュニティに「してもらうこと」が存在していたのです。

しかし、私たち日本人は、高度成長期をきっかけとして、生きるために必要なものをすべて国に任せるようになりました。

出産から、子育てや教育、福祉・医療・防犯、し尿の処理など、あらゆることを国や行政、企業に任せるようになったのでした。

学習は教師、出産や治療は医師、防犯は警察官、防火は消防士、もめごとは弁護士、し尿処理は役所、衣服はアパレルメーカーというように。

おかげで、日本は世界でも屈指の治安がよく、安全な国になりました。教育水準も環境の清潔さもすばらしい国になったのでした。

そして、いまや市民は自分でみのまわりのことをするよりも、国や行政に文句をいうだけです。

しかし、人と人のつながりとは、本来、生きていくため、食べていくため、協力して働くことから生まれるものだと、私は少年時代の体験から思います。

ものを買うことや遊ぶことからは、人と人のつながりは生まれにくいと思います。

以前の日本の社会では、田舎であろうが都会であろうが、コミュニティは成り立っていました。

しかし、都会でも大型店舗の進出のため、小さな商店を軸に成り立っていたコミュニティでのつながりはズタズタになってしまいました。

私たちはその恩恵や利便性を受けてしまいました。いまや、昔のつながりに戻るのは難しい、というよりは無理でしょう。

ただし、日本人が享受してきた、右肩上がりの時代は、ずっと前に終わりました。いつまでも高度経済成長やセレブに憧れていてもムダです。

事実、わが国では相対的貧困率が上昇し、いまや国民の6人に1人が貧困状態にあると言われています。

これからは、高度消費・大量消費にうつつをぬかすのではなく、生活を膨らませるのではなく、生活の質を高めることが求められます。

生活についての考えを抜本的に変えなければなりません。生きるために必要不可欠なもの、人として失ってはならない心を最優先に置き、日々の生活をしていくことを、三中の生徒たちにも学んでいってほしいと願います。