今の社会には様々な問題がりますが、その中でも最も大きな問題は、人の価値を何かができることで決めようとすることだと思います。
「性的少数者は生産性がない」と、おととし月刊誌の中で持論を書いた国会議員がいました。
また、津久井やまゆり園では「重度障害者は生きていてもしかたがない」という主張をした犯人から何人もの人が命を奪われました。
また、最近の文部科学省の教育政策が、次代の社会に有能な人を育てるという目的を重要視しています。
これも、広い意味では児童生徒が「何かができる人」になるように求めていると考えられると思います。
人間の価値を、何かができること(=生産性)できめることは大きな誤りです。誰もが働くことができるのではありません。
障害者、高齢者、病気の人などに価値がないのではなく、さまざまで多様な人が暮らしていけるのが健全な社会です。
人は生きていること自体に価値があり、尊いのです。
子育てに関しても同じです。なにか子どもにできないことや課題があっても、その子が存在していることが尊く、「ありがたい」のです。
この考えに立った時、子どもが行ったことやしてくれたことに対して、大人は「ありがとう」ということは自然なことです。
私が以前の職場に中学生につねに「ありがとう」という同僚の先生がいました。
その先生を慕ってたくさんの生徒が集まってきたのを、今、思い出します。