能登半島地震の被災地では、学校運営にも大きな影響が出ています。
とくに震源地に近い石川県の奥能登地方では、再開のめどすら立てられない学校が多く、避難所になっている場合もあります。
そこで輪島市は、市内3中学校の生徒約400人を別の自治体に集団で避難させる方針を打ち出し、すでに移動が始まっています。
今回の大地震を受け、子どもたちの学びの機会が確保できず、進路選択に支障を来すようなことがあってはならないのは当然です。
とくに中学3年生の生徒には高校受験が迫っています。
しかしながら、「疎開」は3年生に限定すべきで、中学1・2年生まで避難させる必要があるのでしょうか。わたしはこの間の対応に疑問をはさみます。
それほど学習が、いまこの時期に大切なのでしょうか。
勉強よりも、家族といっしょに助け合って、この困難を乗り越える経験を積むことが、その子たちの人生でどれだけ大切なことかと思います。
人同士が助け合うことが経験できる期間を家族から「引き離し」て被災現場にいないという空白期間を行政が先導するのは、子どもの成長をどうとらえているのかと疑問に思うのです。
日本では、中学生は大人から保護される存在という捉え方しかされないことを残念に感じます。
とかくわが国では、学習至上主義、生徒は学習していればいいという考えが蔓延しています。
新聞やテレビのメディアも、学習の保障に賛同する論調でこの輪島市の対応を報じています。
しかし、非常時なのだから、学習にある程度影響が出るのはやむをえないと、わたしは考えます。
学習は、長い人生でいつでも取り返しはできます。
中学生も復興にあたってスタッフとしてできることはあります。
阪神淡路大震災では、神戸市立鷹取中学校の生徒たちは、避難所運営のスタッフとして活動をしました。
ともに悲しみを抱え、ときには涙をながしながしながら、家族のため、地域の復興のため貢献する活動をこの時期に目の当たりにすること、また自ら体験することで、人と人のつながりの大切さを身をもって学ぶことができます。
もっとも、子どもにとっていま大事なのは何かがわかる親御さんは、他地域へ避難させることに同意はされないでしょう。
少なくとも、中学生がみんな避難するから、わが子も避難させるにはならないほうが望ましいと思います。
市や教委にすれば、移動するかどうかは、本人と保護者に選んでもらい、強制避難をしてもらっていないという反論もあるでしょう。
しかし、行政がその「疎開の方針」を先導して打ち出したことに、わたしは疑問を抱くのです。
それほど、行政の役割は重く、影響力があるのだから、現状を深く分析した上での適切な舵取りが求められています。
集団避難よりも、行政は被災した家庭に対して、入学金の減免や奨学金の給付など経済的なサポートを手厚くしてほしいと思います。
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