教師は、教育のプロであるべきです。
ただし、本当のプロというのは、わたしは自分に対して飽きない人だと思います。
人は、往々にして、自分に飽きます。
毎日、定時に学校へ出勤して、授業をやり、放課後には、授業の準備をしたり、会議があったり、部活をしたりする。
若い頃は、仕事を覚えるのに必死で、ほかのことを考えたりしないものです。
ところが、中学3年生の担任をして、卒業生を出すと、一応中学の教師としては、「一人前」と言われます。
そのようになると、だんだん仕事に慣れてマンネリになり、新鮮さをなくして飽きてくる教師がいます。
こう言えば、「いいえ、飽きるなんてとんでもない。だって、3年を送り出したとしても、次に別の子どもが入ってきます。子どもがかわるので、飽きないです」。
こんな反論をする教師がいます。
「ちがうよ。私が言っているのは、生徒に飽きるかどうかでなく、自分に飽きることを言ってるの」。
このことです。
たとえば、何回も授業を重ねると、ここはほどほどにしておくかなど、いろいろ考えるのです。
イチロー選手は、毎日同じカレーライスを食べ、球場に通っていたと聞きました。
このように、同じことを淡々とやり続けることがプロフェッショナルであるということなのだと思います。
中途半端な教師は、どこかでキョロキョロしていると思います。
ついているときでも、ついていないときでも、淡々とやっているうちに運も味方するときがきます。
平凡なことを毎日同じようにできる人は、非凡な人です。
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