緑の、東京ブログ

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!!

初夏の中央通り:銀座7丁目交差点から銀座6丁目交差点へ

2012年06月28日 14時30分21秒 | 中央区全域・銀座


神奈川県民にとっての渋谷、西東京の人たちにとっての新宿、埼玉県民にとっての池袋といったように東京に隣接した場所に住んでいる人たちにとっての「東京の入り口となる繁華街」。しかし緑のような千葉県の人間にとってそのような町はありません。なので、必然的にここ銀座がその役割を担うことになります。




とは言っても緑にとっては色々な意味で銀座の町は「敷居が高すぎ」ます。なので普段は都心部を素通りして新宿西口の百貨店などへ買い物へ行きます。ですが銀座の界隈の雰囲気そのものはすごく洗練されていると思うので、たまに散策するだけでも楽しく感じます。




「銀座7丁目交差点」。1930年(昭和5年)に中央区の区画整理によって晴海通りの南側の9つの町域が統合されて、銀座5丁目~銀座8丁目が制定されました。銀座地区の南側というのは歴史的に新しい場所なのです。




銀座7丁目交差点周辺の北側は「竹川町」、南側は「出雲町」という町名でした。




2010年2月に誕生した「新ヤマハ銀座ビル」。地上12階地下3階建手のこの建物、中央通りに面した壁面は遠くからも目立つデザインです。音楽・楽器等の専門店のフロア、音楽教室のフロア、コンサートホールなどが併設されています。




日本1号店として2008年9月13日に出店した「H&М銀座店」。H&Мとはスウェーデンのアパレルメーカー「へネス・アンド・マリウッツ」が展開するファッションブランドです。お店の衣料品は全体的に低価格に設定されているのが特徴です。




振り返って新橋方向を撮影してみました。この日は雲ひとつない快晴の天気で、散策していて気分がよかったです。




国道15号線に指定されている中央通り。東京都中央区の日本橋から神奈川県横浜市神奈川区の栄町までを結んでいる一級国道で、ほぼ江戸時代の東海道のルートに沿っています。明治時代には「1號國道」に指定されており、「京浜国道」の愛称がありました。




1952年「昭和27年」、この年に「道路法」に基づく「路線指定」によって「一般国道15号線」に指定されました。




中央通り沿いはやはり地価が高いためか、ペンシルビルの形態の建物が非常に多いです。同じH&Мのお店でも、渋谷店の建物はかなりゆったりした造りだったのを覚えています。やはり地価の違いなのでしょうか?




上を見上げながら散策するのも楽しいです。




「ZARA銀座店」はリニューアル工事がなされていました。




銀座6丁目交差点が見えてきました。銀座界隈を擁する中央区というのは、1947年3月15日に日本橋区と京橋区の、二つの区が合併して誕生しました。銀座はもともと京橋区の区域にありました。




この交差点の北側が銀座6丁目の区域になります。以前は「京橋区の尾張町二丁目」という地名でした。




「銀座6丁目交差点」に到着すると、若干人通りが増えてきた気がします。この先は松坂屋などの大型百貨店が多く立ち並ぶエリアを散策していきます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする