河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

美術品の防災対応2

2019-07-01 23:37:21 | 絵画

今回は水害について

今日も九州から四国の太平洋側にかけて大雨で被害が出ている。何とかならないものかと思う。どうしてこの国では同じ災害に苦しむのか?それは災害に慣れ親しんでいるからだろう。のど元過ぎれば熱さ忘れるともいうけど。これは情緒的なものの考え方が繰り返されて、思考停止する様を言い当てたもの。実は、去年の夏の西日本豪雨では、私の生まれた郷里の家も大雨に見舞われて、同じ町から3人の死者がでた。一人は車ごと増水した川にのまれた。我が家は家こそ大事に至らなかったが、二級河川に沿ってある我が家の田んぼや畑の土手を破った大水が田んぼに砂を持ち込んで被害を与えた。10年に一度起きている。何とかすべきだが、被害が出るまでは県の土木は動かない。全面的な対策工事が必要だが、費用が掛かり過ぎるのだ。結局、被害が大きすぎて国土交通省の予算で行うことになったが、これはこれで官僚的な対応で、納得のいく具体的な工事の考え方が欠如。また10年したら同じことが起きる工法でやることになった。いや、異常気象の今日、もっと早く、問題が露呈するかもしれない。

自然災害に対抗するにはなすすべがないとあきらめる者が多いだろう。それほど突発的で、その時には人の力では何ともならない。だから被害のパターンを知って、対応策を練ることにしよう。

美術館・博物館の中にはわざわざ水の事故に遭いそうな場所に建物を建てている例がみられる。それは見た目の良さからで、知事、市長おまけに教育委員会の勉強不足で災害に遭いやすい環境を選んでいることが原因だ。高知県美は川のそばに低い土地に建てて、大水で美術館の一階の半分まで水没したことがある。折から開催していた展覧会の展示作品はカンヴァス画、彫刻に至るまで水にぬれたことで、被害に遭った。阪神淡路大震災の後、兵庫県立近代美術館は山の手から、運河のある下町に移動した。運河が建築家安藤には魅力的だったのだろうか?建物も四角の連続で展示が面白くないデザインだが、周辺環境は気に入っていたのかも知れない。しかし、地震や豪雨に気を付けるべきだったろう。島根県美も宍道湖に面して、見た目の受けを狙っている。活断層が近くにあるから、宍道湖の津波も考えられないわけではなかろう。ほかに直接水に関係しないであろうと思われるようで、崖の上で豪雨災害で地滑りでも起きそうな場所の美術館がある。

水害から美術品を守るためには、まず展示室や収蔵庫が二階以上にあるということだろう。それだけでも美術館職員にとって、安心の条件だ。

これが民間で自宅の美術品管理となれば、管理庫を持たない普通の家庭では、まず壁や棚の上にに美術品が置かれているのが普通。いざ豪雨で家が床上浸水したり、もっと不幸にして津波で家ごと押し流される目に合うと、美術品どころではなく、命からがら逃げだすのが精一杯であろう。こういう事例はでは災害予防対策は別の次元で考えねばならない。

ここまでひどい水による災害の例ではなく、一般的な例では飲み物を絵画の画面にかけてしまったとか(ある大使館のパーティーでコーラをアクリル絵画の画面にかけてしまった例、私の見積もりが高いと言って仕事にならなかったが、コーラは液体であるうちに炭酸によって顔料やアクリルメディウムが酸化している可能性があり、また糖分が浸み込んで色調が変化して回復できなくなっているがあった)、裏面からコーヒーをかけてしまって、長い間、恐らく半世紀ぐらい放置して表の絵具層に亀裂が生じて、その上から素人の加筆でごまかしてあった例、国立西洋美術館のルノアールの《帽子の女》がそれだった。これは在職中に私が修復し直した)の事故災害例を回避するには、対策として額そうして、表にはアクリル板、裏面にはベニヤ板やポリカーボネイトの板でふさぐことが出来る。でも湿気の多い民間の家屋では、これがあだとなって画面にカビが生えるなどもあり得るから、一度飾ったら放置しっぱなしではいけない。時々鑑賞するのと同じほど、観察して画面の保存状態に気を使おう。

水気や湿気による被害には物理的、化学的、生物的被害が想定される。物理的被害では水分が物に吸収、含浸されて膨張や収縮を起こし変形する。例えばカンヴァスの裏面からコーヒーがかかったような例を挙げたが、その部分の麻の繊維の細胞膜の中に水分が取り込まれて、細胞が膨張し繊維が膨らんで、糸として撚りがかかっていたものが膨らむと、その部分が縮んでしまうことで、部分的でも収縮が起きて、水分で弛んで伸びた地塗りとほとんど動かない絵具層の間で、それぞれ別の力が働いて分離する。要するにカンヴァスが水分を含むと、布繊維の衣類を洗ったときゴワゴワになるように、縮む力がカンヴァスを構成する材料の中で最も強いことが問題だろう。では湿気た時にはカンヴァスは縮むのではなく、だらりと伸びることが知られているが、これはカンヴァス繊維が縮むより前にカンヴァスと地塗りを着けている膠や地塗りの中の膠が膨張するのが先に起こるから、カンヴァスはだらりとするのである(大きなカンヴァスでは湿気は下部に溜まるので、下の部分が膨らんで見える)。いずれにせよ良いことではないので、こうした変化をいかに起こさないようにするのかが保存環境の基準になる。つまり温度や湿度を一定に保つことで、物理変化や化学変化を起こさせないようにするのである。

水による害で化学的といえるのは、水に素材の成分が溶けだして原型を維持できなくなることである。素材の中の塩類が溶けだしてアルカリや酸性を示す反応で分解する。直ぐにおける反応ではないが時間が経つと起きるので、長い間放置すると被害に気が付かないことが多い。画家の遺族が長い間、日当たりの良いアトリエに放置した絵画の油絵の具がまるで粘土のように柔らかくなっていたのを見たことがある。これらをもう一度、普通の油絵に戻すのは不可能です。

生物被害では湿気でカビが生えるのをご存じだろう。油絵であっても艶を失って埃でもかかれば、その内カビが生える。特に生えやすいのは黒色、つぎは茜色であろう。温度が美術館のように低く設定されていても、湿度が65%を超えると発生することがある。それは温度に上下の変化があって、カビの静物反応を刺激したりすると発生する。虫の害も同様である。相手が紙であれば、水にぬれた場合は、そこに用いられている素材によって悲劇的なことが起きる。よくある水彩画はアラビアゴムが使われていれば、書かれて00年経っていても、絵具が溶けて流れる、あるいはにじむ場合もあって、処置なし。日本画のように膠で描かれていれば、まだ打つ手はない訳ではないが、濡れて直ぐというのが、処置の原則で、表具師が処置の際に使う程度の酢分量であればなんとかなるだろう。しかし汚れなどがあることが多いので、同時に除去するのは難しいこともある。よく紙の上に黄色っぽい斑点が出ることがあるが、フォクシング foxing(きつねいろの黄色いシミのこと)と呼ばれる。この原因はカビであったり、紙に含まれる鉄分であったりする。この画像が突然入ってしまたのは、何か私が作業中に不始末をしでかしたようで、申し訳ありません。正直言って、私はPCの操作には向いていませんから。しかしこの作品も湿気で波打ちと黄色いシミが出来て処置が必要だけど、パネルに貼られた状態を外して処置し、また同じパネルに戻すわけにはいかず、額装にするにも金銭的余裕がなく、現状維持でした。

フォクシングは長年の保存中に湿気が着いて、その程度で黄ばみが起きるので、要注意です。恒温恒湿で防黴剤が周囲における環境が望ましい。

そう言えば、東北大震災の時の津波で濡れた多くの行政書類は、海水に濡れても、塩分(およそ3~3.5%濃度)のおかげですぐカビは着かなかったと聞いた。勿論その後はこの塩分を除去しなければならないが・・・・。

濡れたものを乾かす際に、即乾かしたほうが良いようで、そうでもないものもあることを知っていて欲しい。近現代に描かれたカンヴァス画が全面濡れた場合にはカンヴァス布が引きつって、収縮して張り枠が壊れる場合も考えられるが、慌てず、ゆっくりと乾かしてほしい。そしてよく観察しながら、修復家を呼んで欲しい。濡れた絵画の処置をしたことがない修復家には頼まないことです・・・・より危険です。ata ata.

この国では災害はつきものだとあきらめている様な気がする。広大な地域で竜巻が起きて家さへ失うアメリカの人たちも、どうもあきらめているようで、毎年同じような被害が報告される。しかし街づくり、家づくりに災害に強い様式が考案できないのだろうか?当然、生活様式が変わり文化も変わっていくような、大きな変化が起きる事に成るだろうが、防災は人命を第一に考える事であろうから、少々生活のスタイルが変わっても構わないのではないだろうか。

例えば土砂災害が予想される場所では、木造家屋は禁止し、鉄筋コンクリートで形状を土砂が流れるような形にして、上に延びる三四階に建てるとか、竜巻に苦しむアメリカの人たちも木造家屋は禁止し、鉄筋コンクリートで家の形は地下を生活空間にして上は三角錐にするとかで、風の力から逃げられるようにするとか・・・。どうだろう。

心配性は器用貧乏を産む。あれこれ考えるうちにいろんなことに手を出す。そして人生大したことにならないのに、やっと60を過ぎて気が付く。残念!!

やるなら「今でしょう!!」。


また、つまらないことを書いてしまった

最近私のブログは評判が悪いようです。