先ほどNスぺを見たばかり。ダビンチミステリーの第1集ということで、ダビンチに関わる新発見の作品についての調査報告を兼ねて、彼の技法を解き明かす番組だった。
新しくダビンチ作とされている《糸巻の聖母》という作品は板の上に描かれている様な外観だったが、番組では明らかにしなかったが、この作品のX線写真には「キャンヴァス目」が映っていた。これは何を意味するかと言えば、作品の中にキャンヴァス布が入っているという意味で、外観が板なのに布目が映ると言うことは、オリジナルは板の上に描かれていたにもかかわらず、誰かが剥がしてキャンヴァスに仕立てた可能性があったということ。何故そのようなことをしたのか?可能性として原作の板が虫食いで傷んで保存が難しかったということか、あるいは自分の腕に溺れる修復家が「移し替え技法」が出来る能力があることを、何も知らない持ち主に自慢するために原作の板から新しい板に移し替えて見せたか・・・。私の推察では後者の方で、修復が現代の厳しい基準に従う前にはこのようなバカげた行為を許していた時代があって、ロンドンナショナルギャラリーでさえ、70年代以前の古い世代の修復家が「移し替え」を行ったことが記録に残っている。
この《糸巻の聖母》についていた板の裏側は見た目に健全そうであって、クレードル(英)と呼ばれる格子の補強がされており、これも70年代よりも古い修復処置で、不必要なあるいは不適切な処置であり、場合によっては作品の保存には全く適さないもの。
キャンヴァスの布目が現れる理由はこの「移し替え」のときに作品の薄い絵の具層と地塗りをはぎ取るときに、表から保護の補強を行っているが、裏の板を削り取ると、新しい板に移すまでに必要な支持のために貼り付けておくものである。
東京の国立西洋美術館のロヒール・ファン・デル・ウェイデン作とされる《ある男の肖像》(現在ではフォロワー作とされる)作品も同じような悲劇にあって、原作の板から合板の板に移し替えられている。これはアメリカの画商が修復の為にスイスの修復家に任せて移し替えられたことが分かっている。西洋美術館作品の板の裏面には肖像画のモデルに関した紋章まで描かれているが、これも原作から模写されて、もはやオリジナルではない。
この作品は当時、板に継ぎ目の開いた問題点はあったが、移し替えをしなくてはならない損傷はなく、オリジナルの板から浮き上がっていた痕跡もなかった。悪いのは画商と修復家である。
美術作品を壊すのは画商、学芸員そして修復家であることは明らかである。
今回のNスぺではモナリザの顔を映したX線写真には必ず反応する鉛を含んだ白色顔料である鉛白の痕跡が現れなかったことに注目してレオナルド独自の技法として昔から注目されてきた「スフマート技法」と呼ばれる「柔らかく肌をぼかす技法」が紹介されていたが、鉛を多く含まない絵具で十数回描き重ねていることを紹介していた。
NHKはいつも今回初めて分かったような発表をするが、これは昔から知られていて、むしろその十数回描き重ねている下の層について分析すべきであった。レオナルドの絵画の描き始めというのはバチカン美術館にある下描きに近い状態で放置されている《岩窟のヒエロニムス》を見れば、この上にスフマートの肌の描き方がされることが想像できる。その下描きとは地塗りの白の上にイエローオーカーやアンバーで濃淡の単色に近く描いたテンペラ絵具(顔料に卵の黄身を混ぜて描く)の下描きである。その上に油絵の具で薄く柔らかく肌を感じさせるように描くのである。
これまでの内容では特段に新しいことはない。しかし《糸巻の聖母》の存在とクリスティで450億円で落札された話は初耳だった。現役を離れるとこれだ。
番組中にこの柔らかなあの肌の表現をアメリカ人の画家が「点描」でやったに違いないと「再現」を作って見せていたが、これも過去に紹介した映像で・・・単なるおまけである。技法を知らない素人に「それらしく感じさせて」紛らわしい。レオナルドのスフマート技法は顔や手の肌以外にも使われていることは昔から知られている。また絵具のサンプル分析は1970年頃に行われており、十数層にわたるグレーズ(半透明絵具)を重ねたことも判明して報告されていた。
昔から分かっていたことを「最新の情報」として番組を作るのはNHKの十八番だ。私もかつてリューベンス作品の科学調査の展覧会を行ったとき、一年後になってNHKの記者Kが近づいてきて、調査内容をスキャンダルにされたことがある。
実は今日はこの記事を書くのではなく、今日行った天野勝則氏の展覧会の講演で話した中身をまとめて書いておこうと思っていた。Nスぺの方を忘れるかも知れないと思ったので、先に書かせてもらった。
次回第2集があるようだから期待しよう。