CubとSRと

ただの日記

決断するは我にあり

2020年03月13日 | 心の持ち様
2018.02/04 (Sun)

 8時に起きる。しかし、それまでに夜中に何度も起きる。
 「一度寝たら、朝まで目が覚めない方が良い。数時間ごとに目が覚めるようでは8時間寝ても疲れは取れない」
 云々、の専門家の見解を聞いて、
 「そりゃ大変だ、何とかしてしっかり寝なきゃ」
 、とずっと思っていたが、考えてみれば何も好き好んで目を覚ますわけじゃないんだ。目が覚めるものは仕方がない。
 目が覚めないように、と、いくら努力したって歳を取ればトイレも近くなる。眠ったまま用を足す、なんて器用なことはできない。実際そんなことをしたら後が大変だ。

 そんなバカなことを言わずとも、子供の頃からの訓練(学習)で、尿意があると目が覚めるように修業してきたのだから、目が覚めることは褒められこそすれ、決して貶されるようなことではない。
 そんなことより、歳をとって無職になって、別に「起きなければならない時間」が決まっているわけではないのだから、寝たいだけ寝ることの方が大事なんだ。
 
 これまで(と言っても十数年前のことだが)、仕事があるから仕事の開始時刻に合わせて自分の生活パターンをつくって来ていたのだ。仕事がないのなら自分の都合に合わせてパターンを作れば良い。それだけのことだ。
 夜型の小説家が昼まで寝て夕方から翌朝まで執筆したり、バーのマスターが昼過ぎに仕込みを始めたりするのと何ら変わりはない。歳とって無職になったら、別に合わせる仕事場なんかないのだから。

 「いやいや、それではいけない。これまで規則正しい生活をしてきたのだ、いきなり制約がなくなって好き勝手を、と言うことになれば途方に暮れることになる。これまでとは違ったパターンを作らなければ、結局、自堕落な生活になる。或いは不規則な生活を送ることになる」
 、と自己批判すべき?

 「自分の理性で以て作ったパターンに忠実に過ごす」、「決めた形を履行する」。それは確かに立派なことだ、誇ってもいいと思う。
 けど、その目的は何なのか。
 「仏作って魂入れず」、ではないが、目的と手段を取り違えては何にもならない。

 
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