…とは言ってもヒーローの話ではない。渡り鳥の話題である。
キレンジャクというスズメ目、レンジャク科に属する野鳥がいる。漢字で『黄連雀』、英語名を『Bohemian Waxwing』という。ユーラシア大陸、北アメリカ大陸など北半球に広く分布、繁殖しているムクドリより小さく、初列風切先端と尾羽の先端が黄色い美しい小鳥である。日本には冬鳥として日本全国に渡来し、特に本州中部以北に多い。珍鳥というほど珍しくはないが、僕の住んでいる千葉県ではそんなに多い野鳥ではない。「いる所にいけば会える鳥」というところだろうか。寄生植物のヤドリギや蔦植物のキヅタなど冬から春にかけて実をつける植物を好物としている。つまり、この種の実のなる植物を探しておいて時々パトロールしていれば出会う可能性は高いというわけだ。今の工房のあるこの土地に引っ越して来て27年ほどになる。同じレンジャク科のヒレンジャク(下尾筒と尾羽の先端が赤い)、漢字名『緋連雀』、英語名『Japanese Waxwing』のほうは偶然、沼で探鳥中にヨシ原を移動する群れに遭遇したのだが、キレンジャクを地元で見たことがなかった。信州など県外に鳥を見に行った時に偶然、遭遇したのが最後だろうか。「なんとか地元でキレンジャクを観たい!!」、一時期、冬が来るたびに広域にヤドリギの実のなる大木にあたりをつけて、探したこともあったが、なかなかキレンジャーは現れてくれなかった。ちなみにこの「キレンジャー、ヒレンジャー」というニックネームは知人の同世代バーダーがレンジャク類の黒い過眼線(かがんせん)のある顔がヒーローのマスクのように見えるので、つけたものである。
あれから随分時間も経ち、キレンジャー氏のことはもう忘れていた。ところが、「…本当の願い事というのは、そのことを忘れてしまった時にやってくる」とリルケの言葉にもあるように、それは突然眼前に現われたのだった。今週の初め、いつものように近所の里山に昼食前のウォーキングにでかけた。明るい林にさしかかったところ「チリチリチリ…チー、チー」という金属的で小さな声が頭上から降ってきた。「もしやっ!!」と思い声のする方向に視線を移すと2-3mの至近距離に見覚えのある鳥がとまっている。じっくり見てやろうと背中のザックから素早く6倍の単眼鏡を取り出して細部を観察すると「キレンジャーだっ!!」とうとう念願の地元でのキレンジャク観察を成し遂げたのだった。苦節27年…興奮する気持ちを抑えつつ周囲の枝に5羽を発見。合計6羽の小群だった。落ち着いてよく観察していると大木の幹に絡みついているキヅタの実が熟していて、これを一つ一つくわえては食べていた。
僕は野鳥の中でも特に渡りをする種類に魅力を感じる。目の前のキレンジャクはいったいどこで繁殖し、日本に渡ってきたのだろうか。カムチャッカ半島あたりだろうか、それとも中国の北部だろうか。想像を巡らすのは楽しい一時だ。小鳥の寿命はせいぜい数年、人の寿命は数十年、まさに悠久の時の流れの中での奇跡的な一瞬の出会い。何度経験しても不思議である。ひさびさに胸を高鳴らせてくれたキレンジャー氏に感謝。画像はトップが後日、同じ場所で撮影したキレンジャク、良く見ると特長である尾羽の黄色が見える。下は同じくキレンジャクと好物のキヅタの実。