そよ風つうしん

小さな自然の発見をご紹介してきましたが、転居で環境が激変。内容を一部変更し日々の雑感を綴ったりもしています

心に留めておきたい言葉

2013年04月22日 | ポエム&好きな言葉
さて、皆さん、春だ春だと、浮かれっぱなしではいけません。

今日は漢詩のお勉強をいたしましょう。

題名だけならどなたもご存知の(と思いますが・・・)「三国志」の中のお話です。

あの立派な英雄劉備りゅうびが、死の床についた時、息子に送った遺言の中の一文だそうです。

悪の小なるを以って これを為すことなかれ
善の小なるを以って 為さざることなかれ

意味は
「どうせ小さな悪事だから」と言って、悪いことをしてはなりません

「どうせ小さな善行だから」と言って、善行を怠けてはなりません

(ならぬことは ならぬのです!!)←ふふふ、どこかで聞きましたね・・・



良い言葉だと思いませんか?

私は、この言葉を読んでドッキンとしました!

しっかりと覚えておきたいです。


      

写真は、とても仲のよさそうなタンポポの綿毛たちです。
仲良く一緒に善行を行わんとしているところかも??
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は「啓蟄」 母の思い出

2013年03月05日 | ポエム&好きな言葉
今日は「啓蟄」

少しずつ おひさまが土を照らす時間がなが長くなって

冷え切っていた土や 落ち葉の重なりの中が

あたたまって

冬眠していた 生き物たちが 

目が覚めるんだって


わたしが 小さな子供だった頃

母が教えてくれた

「きょうはねえ 土のなかのかえるさんが 目をさまして
上に出てくる日なのよ」

ふ~ん・・・とわたし


土のなかで う~~んと伸びをして

外に出ようとしてる カエルさんのようすを

思い浮かべていた


遠い日の とても幸せな ひとコマ
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

邂逅(かいこう)・・・<人生にとって意味のある思いもかけぬ出会い>

2013年03月01日 | ポエム&好きな言葉
はるか遠い昔に

悲しいことがあって どうにも立ち上がれなかったとき

どこかで きいた「姫神せんせいしょん・ 星吉昭」さんの音楽が

暖かく心を包んでくれた


澄んだ音色と 心にしみこむメロディーと

スケールの大きな曲想に 毎日包まれて

いつか元気がかえってきた

それ以来 生活の中に いつも共にあったその音楽


けれど あまりに美しすぎるその音色は

神々も愛されたようで

まだ 逝かれるには若すぎるその人を
 
天へと連れ去ってしまわれた



取り残されたわたしは あまりの衝撃に CDを聴けなくなって

引き出しの奥深く閉じ込めてしまった



それから たくさんの時間が通り過ぎて

今年の春まだ浅き日に

ツイッターで一枚の絵を見た


今まで見たことのない 新しい描き方の一枚の絵

はっと 心を奪われた

描いていたのは「斉藤 和」さんという日本画家


仕事に追われて

展覧会や美術関系の雑誌から 遠ざかっていたので

うかつにもわたしは 

その存在を知らなかった


コンピューターの画面に広がる その絵に引き込まれて

しんとした気持で じっと 見つめる


と、そのとき 

私の頭の中に 突然に姫神のメロディーが流れた

もう 日々の生活からは 完全に忘れ去っていた あの曲

一枚の絵と 懐かしいメロディが 一つになって

えっ なにこれ・・・

生まれて初めての経験に 

ひたすら とまどう


私の中に 長い時間 眠っていたメロディーが

一枚の絵の中に 突然 よみがえるなんて


こんなことが 

こんな不思議なことが この世にあるのだろうか

夢をみているのだろうか

いえ そうではない

確かに 今この世での できごと


とても心地よい

あたたかいものが 胸いっぱいにひろがって

私もその中に取り込まれて

一枚の絵と

懐かしい音と 

ひとつになっていた


ああ 生きてきてよかったと 

しみじみと想いながら・・・



先日いただいた「時間が心をいやしてくれるのでしょう」という言葉とともに、今年はうれしい贈り物がたくさんいただけて、とても幸せです。
元気を出して、しっかり生きていかねばと思っています。


                    


斉藤 和さんの絵はオフィシャルサイトで、ご堪能ください。

音楽はYouTubedeで聞けますこちら
他にも沢山お聞きになれます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
写真は、今頃の季節には珍しい雲ですが、昨日の朝、写しました。
20分ほどで、跡形もなく消えていきました。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いのちの使い方

2013年02月21日 | ポエム&好きな言葉
私が大好きな帯津良一さんのこんな言葉を読んだことがあります。

我々はビッグバンと共に生まれ、この地球にたどり着いた。
死んだらまた故郷に帰る。
往復300億年旅の途中にある

私は、う~~ん、そうかぁいいなぁと、思わず遥か彼方の星空を思い浮かべたものでした。

でもでも、「ん? あほらし、つきあいきれへんわ」と思う人も、きっといらっしゃるでしょう。

帯津さんは、そのどちらの受け取り方もアリで、こだわらなくていいんだよ~と、いたっておおらかな方です。だから好きなんです。

帯津さんの最近のご本に『<達者な死に方練習帳>』(文春新書)というのがあります。
これまた愉快なので、興味のある方はどうぞお読み下さい。 
養生や生き方について、色々と深いことを書かれていますが、いわゆる、こせこせした養生法なんかは蹴飛ばして「命を正しく養う方法」について、昔の賢人から学ぼう! という本です。

私が気に入ったのは 
☆楽しく、小さなことでもいいから、ときめいて生きよう!
☆生きているうちから、臨終のときのことについてつべこべ考えないほうがいい
☆やがて死ぬことを念頭に置いて、今をしっかり見つめて生きる

このあたりのことでした。
           

さてさて閑話休題

昨日の朝日の夕刊に、こんな記事がありました。
「人・脈・記」というシリーズの中の8番目の記事です。

優れたF300のレーサーだった村松栄紀が事故死したときのことです。

婚約者でマネージャーでもあった女性が、心配してくれる仲間に、こう言ったそうです。
こんなところで悔しいといういう思いはあるけれど、それは残された側の問題。彼は持って生まれたものを使い切ったんです

私、この人の言葉にしびれました!!
自分にとって、すごく大事な人が、突然にこの世から去った時、これだけの言葉をさらっと言えるすばらしさ・・・・

レーサーですから、ご本人も彼女も、こんな日が来るかもしれないとは、いつも覚悟して生きてきたでしょう。
だからこその言葉だと、思います。

それにしても、生きていた彼も、死んでいった彼も、ともにしっかりと受け止めてのこの言葉、とてもさわやかだと思いませんか?


上に書いた、帯津さんの言葉の中の
  <やがて死ぬことを念頭に置いて、今をしっかりと見つめて生きる>ことを実行しておられたのでしょう。


最初に書いた記事の中で、村松栄紀がF1レーサーであったと書きましたが、コメントでF1の前のF3000であると、小坊主さんがご指摘くださいました。加筆訂正していましたが、最終的にF1→F3000と、訂正させていただきました。小坊主さん、いつも感謝です!

          

なんだか上手くまとめられなくて、もうしわけありませんでした。
なにか一つでも、あなたのお心に残る言葉がありましたら、とてもうれしいです


最後までお読みくださって、ありがとうございました。
恒例のお茶を、どうぞ。 甘党の方にはケーキもありますよ♪
     
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は11日・・・あなたに贈る言葉

2013年02月11日 | ポエム&好きな言葉
仮設住宅で、今年も寒さや結露に悩まされていらっしゃるあなた

新しい所へ移ったけれど、お仕事や住み心地のことで、まだまだ悩みの多いあなた

一人ぼっちのまま、今日も淋しいあなた

たくさんの方が、今もなお、幸せとは言いがたい暮らしに耐えておられます

また、そんな中でも、小さな事に幸せを見つけるのが得意で
それなりのともし火を、心にともして日々を送っておられる方も、いらっしゃいますね
すばらしいことです


どうしても、悲しみから脱出できずにいらっしゃる方に贈る、こんな言葉をみつけました
以前に、聖路加国際病院理事長の日野原重明さんが新聞にご紹介されていた言葉です。

アメリカの第16代大統領リンカーンの『愛する人を亡くした時』という本の中に書かれている言葉です。

悲しいときには、胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。(中略)やがていつの日か、心の晴れるときが来ようとは、いまは夢にも思えないことでしょう。
けれども、それは思い違いというものです。
あなたは、きっとまた幸せになれます。


リンカーンは3人もの息子を亡くしています。
それでも、このような気持になれたのですね。

そうぞ、この言葉を信じてください。

先日の私のブログ記事にも書きましたが、長くかかっても哀しみも苦しみも、やがて時が癒してくれるでしょう。
たとえ、僅かずつであっても・・・


新しく発売された細谷亮太さんの『きっと「大丈夫。」』(佼成出版社)という本も、すばらしいです。

病院の医師として、たくさんのガンの子供たちの命を見送られ、時にはウツになりかけたり、医者を辞めたいと心から思ったりと、たくさんの落ち込みがあったそうです。
でも、悲しみの中からも、何かを発見し、心の支えになさりながら今日まで頑張ってこられた細谷さん。
その心からの「大丈夫」と仰る気持ちが、優しい文章で心に沁みてきます。
全国の方に、お奨めの一冊です!!

帯に書かれている言葉も、きっと細谷さんの心からの「贈る言葉」だと信じます。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時が至れば、気づきは必ず与えられる

2013年02月04日 | ポエム&好きな言葉
去年の春、息子は長く勤めていた職場から転勤を命じられた。

一生懸命に努力を積み重ねて働いてきたのに、それらのすべてが認められることなく、まったく違う職種への転勤、、、

私は、呆然自失状態になってしまった。
息子の一方ならぬ努力を知っていたから。
あれだけ頑張っても、一切認められないなんて、一体どういうことなの?

息子も同じ状態だったと思うが、
「それなりに考えてみると、努力の方向が違ったのだろう」と思うとつぶやいた。


そして夏。
遅まきながら息子は結婚して、独立した。

みんなは「おめでとう」と言ってくれたけれど、私にとっては大きな衝撃だった。

幼稚園からずっと作って来たお弁当を作ることが無くなり、
仕事場から持ち帰る泥だらけの衣類を洗うことも無くなり、
色々な生き物の愉しい話も聞けなくなってしまった。
どこかへ連れて行ってもらうということも、望めなくなった。
一人ではどこへも行けない私には、これはとても辛くて、不便なこと・・・今までが恵まれすぎていたと言えば、それまでのことなのだけれど。

そして、それより何より、もう私の存在は必要なくなってしまったということが、なんともいえず虚しかった。「生きている価値のない者」という烙印を押されたみたいで。


明日はおろか、今日の生活の中で、誰からも必要とされずに、なんの希望も楽しみもない暮らしは、途方も無くつらいものだった。



ずっと若い頃に、愛する人が死んだとき、今とは比べものにならない深い悲しみだったはず。

その時の私は何日も眠り続け、このまま死ぬのかと心配したと、母から聞いたことがある。
そして、それから何十年もその悲しみを抱いて、彼の分も生きねばと頑張った。

それにくらべれば、状況はまだまだマシなはずなのだけれど・・・

ただ、若いときには一つの救いがあった。
今のように健康を害しておらず、何でも出来たし、どこへでも行けた。

そして、長い時間をかけてではあったけれど、命を削るような悲しみも、少しずつ軽くなった。
時間がやさしく包んでくれたのだった。


しかし今は・・・どうしたらいいのだろう、助けて! だれか!
溺れかけている者が、救いを求めるように、私は毎日もがき、叫び続けた。


と、ある日「時間が心の痛みを和らげてくれるのでしょう」と、ある方がお声をかけてくださった!
その方は、私よりもずっと大きな悲しみを抱えて生きておられるというのに。

何年か前に、その方の悲しみとの戦いのことが新聞に取り上げられて、私はとても感動して、切り抜いて何度も何度も読み返していた。文面を暗記してしまうくらいに。

先日、なんとその方とツイッターを通じてお話しする機会があって、その言葉をいただいたのだった。

そうだった、時間というありがたいものが、優しく私を包んでいてくれたのに、すっかり忘れて焦ってしまっていた・・・

そのことに気づかされて、私は憑き物が落ちたような気持だった。

とことん悲しみ苦しんだら、きっとどこからか救いがやって来る。
私はそれを何度か経験して信じていたのに、それさえも忘れてしまうほどに、落ち込んでいたのだだろう。

      

それまでは、一言の言葉を交わしたことも無い無縁の人から「時間が心の痛みを和らげてくれるのでしょう」という一言をいただいて、ハッと正気に引き戻されたのです。

ありがたかった、やはり天からの救いの手は差し伸べられたという思いで、胸がいっぱいになりました。

焦らずに生きます。時間というゆりかごに身をまかせて。

そうだ、このブログを誠意を持って創っていかねば!

淋しいとき、悲しいとき、イライラしてるとき、寝る前にこのブログを開いては、癒してもらっています、といううれしいお声に応えていかなくっちゃね 
僅かであっても、私の存在価値がここにはあるのかもしれないと、そのことにも気づかされ、ささやかな希望がわいてきました



コメント (18)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

つらい時が あなたを強く優しくする

2013年01月31日 | ポエム&好きな言葉
私は 毎晩寝る前に 3冊の本を読みます

『ことばの歳時記』(金田一春彦 新潮文庫)
『日めくり 四季のうた』(長谷川櫂 中公新書)
『愛と励ましの言葉366日』(渡辺和子 PHP文庫) の3冊です

どの本も 毎日小さな一つのテーマがあり それについて書かれています
なので 一つずつ読むと なんだか気持ちがゆったりします


今日は その中から渡辺和子さんの「1月29日」の言葉をご紹介します

>「倒れなければ、倒れた時の苦しさもわからないし、起き上がった時の喜びもわからないのです。 倒れた目線で世間を見ることもできません。   人生においてたいせつなことはたおれないことではなく、起き上がること、そして倒れたことによって、強くなっていくことなのです。」

この言葉は 渡辺和子さんの『愛することは許されること』という著書に書かれているようです 


倒れることで身につくことは他にもありますよね
他者への思いやりの気持 やさしさなども しらずしらず身につくのではないでしょうか

人生には無駄なことは一つもないと言われますが つらいことや悲しいことやくやしいことに出会ったときに どのようにそれを乗り越え 自分のこころの滋養分にしていけるかが とっても大切なように思うのですが いかがでしょう?


では では またの機会に 色んな言葉をご紹介をしていきますね


             

写真は、仲良しの凍露です。 たまたま隣同士にいたので、凍るときにくっついたんでしょうね


コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恥ずかしかったこと

2012年10月19日 | ポエム&好きな言葉

きのうの 大夕焼けを

わたしは 

ただ ただ 

すばらしくきれいだと感動してながめていた

心に残る夕焼けの一つになるだろうなんて

お気楽に思って


今朝 パソコンを開いたら

友人のこんなつぶやきが・・・・(要旨ですが一部原文を引用させていただいています)


あの日 大津波に追われて裏山へ逃げたお友達は

気仙沼の港から燃えながら流れてくる船や家を茫然と眺めておられたと

大きな爆発音が何度もして

空も海も真っ赤だった…と語っておられたとか


私の友人も きのうの燃え上がるような夕焼けを見て

なんて美しいのかと、ひたすら感動していたけれど

>気仙沼のあの日を体験した人にとっては 震災を思い出す夕焼け…

(このつぶやきを書き込んだ友人も、福島から何もかも捨てて避難しています)




私はこのつぶやきを読みながら

ああ、そうであったのかと

自分の思いやりのなさに 愕然としました



そういえば わたしは

PLの大花火大会の最後の大掛かりな打ち上げ花火で

夜空が真っ赤に染まると

和歌山の大空襲の夜を思い出して

恐ろしくて 悲しくて

毎年 ひとり 涙を流していました

周りの人は 拍手して見ていたのに



今朝の友人のつぶやきを読んで

経験しないことに対しては

人は鈍感であるということを

改めて思ったことでした


いつも東北の方々のそばに

心だけは寄り添っていたいなんて

カッコイイ思い上がりであったのでしょうか、、、、


ごめんなさい

ごめんなさい


このことを肝に銘じて

もっと もっと

ひろい思いやりの気持を育てていきます


つぶやいてくれた友人に

心からのありがとう
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

クリスマスに思うこと

2011年12月25日 | ポエム&好きな言葉
クリスマス

ひときわ明るい星に向かって

捧げる感謝と祈りと


この一年 食物を与えられたゆえに

つなげてこれたこの命

私のために命を捧げてくれた

魚 牛 豚 鶏 野菜 木の実 などなど

たくさんのものへの感謝


色々なことを頼まれて

嫌がらずに面倒を見てくれた 

家族への感謝


災害にあわれた方々へ

たとえわずかでも 応援の出来たこと

病気を持っての日々だったけれど

大きな苦しみも無く過ごせたことなどへの感謝


そのほかにも

私の身の周りで命を支えてくれた

たくさんのことや ものや 人への

心からの感謝

ほんとうに ほんとうに ありがとうございました



そして 祈りましょう

来る年が

どうか穏やかでありますように

今夜も 悲しく 苦しい思いをしている人々が

少しずつでも 

楽しいことや 希望を見つけて歩けますようにと


心を込めた祈りは

きっと きっと 天に届き

神さまは 星の雫とともに

幸せのタネを届けて下さるでしょう

そのタネをみつけて

大事に だいじに 育てましょう

そのタネは

とても小さいかもしれないから

ぜったいに 見逃してはダメよ!



(ちょっと暖かい日に、山茶花の花に止まって、小さなアブが無心に蜜を吸っていました。寒くなったけど、どこかで無事に寒さをしのいでいるとよいのですが)

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「今、出来ることを!」

2011年11月18日 | ポエム&好きな言葉
朝日新聞の今朝の「オピニオン」というページに、大リーグの鉄人カル・リプケンさん日本プロ野球の鉄人・衣笠祥雄さんの対談が載っていました。

テーマは「不屈とは前を見て進むこと」

大きな記録をたくさんお持ちのお二人の、心を支えてきたものは何か?
そして、東日本大震災の被災地を訪ねたお二人が受けた印象と、そこから考えられた、復興への思いが語られていました。


その中で、特に印象的だったリプケンさんの言葉です。

精神的に厳しい状況の中で、いま被災地の復興に向けて努力されている人々こそ、「真のヒーローだと思います」という言葉に続けて

「一つだけ野球の世界に置き換えて言えることがあるとすれば、常に前を見て、前にあることだけを考えて努力してきた選手に道が開けるということ。
昨日何があったかではなく、今日何が出来るかに集中する。そして明日も、その次の日も
。それが連続試合出場につながったと思うし、衣笠さんもそうだったでしょう」

昨日はもう終わってしまった時間。
今日だけが、今だけが実際に目の前にある時間。
それに集中して生きることの大切さ。
それを積み重ねることの大切さ・・・




実は、このことは、このブログでもおなじみの、被災地宮古の漁師のheiunさんのブログから、いつも感じていたことでした。

heiunさんのブログには、震災直後の厳しい避難所暮らしの頃でさえ、苦しみや不満や心配の中にも、何かよいことを見つけての喜びや、「・・・だけど生きていきます」という言葉が、しばしば見られました。

そしてまた先日も、
今どう生きるか、行動するかで次に繋がっていきます」と、ありました。


大震災の直後に、千葉のきんのり丸さんのブログでheiunさんの存在を知り、健気に生きておられる姿にエールを送っていただけなのに、いつか、こちらが励まされていることに気がつきました。

被災地の人なのに、なぜかいつもこちらが励まされてしまう・・・なぜ?
とずっと感じていましたが、この生きる姿勢のたしかさが、その理由だったのですね!

リプケンさんの言葉から、それを感じ取りました。



私も、病気を抱えてつらいことが多いけれど、弱音は吐くまいと思うようになりました。
色々な人から、色々なことを教えられ、強くなっていけることに感謝です!



(写真は先日の夕暮れ時の南の空です。夕暮れは明日への希望が見える時間ですね)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする