6月第3週の日曜日は父の日。「娘夫婦から宅急便」が届いた。娘家族からの贈り物、いくつになっても嬉しいものだ。
父の日に感謝をこめて・・・・・普段は恥ずかしくて言えない「いつもありがとう」、「いつまでも健康でいてね」、「いつも家族のために頑張ってくれてありがとう」。
これは父の日に見た「父の日電報」の広告とコマーシャル。
振り返るとサラリーマン生活50年。最初の就職先は電報の通信士。
来る日も来る日もトンツー・トンツーと西部劇などによく出てくる電鍵を叩き、青春の日々を過ごしたものだ。
その後、年賀電報や慶弔電報、祝い電報などが次々と発売され、仕事の合間を見ては、友達や、親戚のつてを頼ってまったく苦手なその販売に苦労したものだ。もちろん「父の日の電報」にはずいぶんと苦い思い出が残っている。
インターネット時代の到来とともに通信手段も様変わりした。通信手段として花型だった電報も、「電報」と言う言葉さえ死語となりつつある。今朝の広告で「父の日」の電報が今も販売されていることを知った。感慨深いものがある。
思わぬ娘夫婦の「贈り物」と「父の日電報」の広告が、遠い昔となった青春時代を懐かしく、走馬灯のごとく思い出させてくれた嬉しい父の日だった。