波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

勘違いオジサン論(下)

2023年05月10日 | 日記・エッセイ・コラム

(前回から続く)
お年寄り、シニア、シルバー、・・・・遠慮というか配慮見え見えのこういう高齢者呼称は嫌い。むしろ『老人』(笑)が良い。このブログ初期に『老人見習い』(59~65歳)、『初級老人』(66~70歳)、中級(71~75歳)、上級(76~80歳)と呼んでいた。だが、中級というのはいかにも中途半端で(実際に波風氏はその通りなのだが)、この年代で随分と知人が亡くなったこともあり使うのを止めた。

ぴったりくるのは『じいさん』、陰でクソジジイって言われるのも味がある(笑)。波風氏はまごうかたなき隠居老人、だがそれを自分で言うのはイイフリコキで躊躇。波風氏72歳寿命論者がやっと自他ともに認める老人になれたのだからその感動を呼称でも味わいたい。ウィンドウガラスに映る姿は実に老人でホーッと感嘆。足腰弱くなり定期通院あり飲薬朝夕計10粒は老人の勲章、半年前から突然歩き出したのも老人の冷や水なんだからみんな肯定しちゃう。こういうのが『幸せ』でなければ幸せって何?

昔仕事をした学校に来て話をせよとさっき電話が。その頃のことはもう全部忘れた、先輩面らしてのこのこ顔を出すのは現職の方々には迷惑至極なこと、若くて賢い方を推薦して断った。老人に対するこういう気配りを勘違いせず、場違いな出番を怖れ恥じてウドン屋(ごっこ)で細々と生きる(笑)ことが、身近な周辺にきれいな花を咲かせるジイサン道(ドウ)。電話くれた後輩には、波風食堂でウドンの一杯でも食べて下さいな、と優しくお願いした。(完)


画像は、開店準備完了2023波風食堂。床を全面塗装したので今年からスリッパ使用で 恐竜発掘の3番組が連休中に。モンゴルの砂漠、アメリカとカナダの荒涼とした地で、歯医者さんの歯垢取りみたいなチマチマしたのや全身骨格の発掘作業、お金儲けでなくただただ「知りたい」という研究者の輝かしい顔つきにママヨさんと見とれる朝日新聞辞めて社会と自分との関係を前より注意するようになったし、前より本に集中できるようになった。

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勘違いオジサン論(上)

2023年05月07日 | 日記・エッセイ・コラム

老人は、孫と病気と年金と墓の話題しか関心ないのかなあ、俺もあんなふうになるのかなあなんて思ったこともあったが違った。還暦以前の方々にあえて言いたい、もし今がストレス充満イキガイ皆無みたくなっていても、70代になると自由マンキツ人生カイラクに近づける可能性があるようだよ、もう少しの我慢我慢、ってね。

40代半ばの頃、20代初めの教え子と話していて「えっ、オヤジにもイキガイってあるんですか?」と驚かれものすごく驚いた。両親を見てそう思っていたそうだ。
この時期の先輩観、50代後半は大物、60代は偉人、70代はほぼ『神』(笑)で後光が射していた(嘘)。身近な大先輩は各々伝説を持っていた。自分の人生後半なんか全然イメージできなかった。

脱線するが、この『オヤジ』は『オフクロ』と対で『アニキ』『アネキ』も同じたぐい。
波風氏は今も『オヤジ』という言葉に素直に反応する、それは感覚的に『オジサン』と同義に思っているいるからで、波風立男=オヤジ=オジサンと思っているせいだ。今日の表題もここから来ている。
連休のラジオで「オヤジの、オヤジによる、オヤジのための時間」を聞いていたら、52歳の佐藤二朗とカンニング竹山、46歳の小峠英二が「俺たちオヤジが」を連発しているから、最初は違和感があったが、世間的には50歳前後がオヤジ年齢なんだと淋しく思いつつ「では70歳は何だ?」と布団の中で考えた。(次回に続く)


画像は、いつでも開店できるようにした波風食堂の一角。手作りホウキ、ベンジャミンの小枝も良い味わい 蒸らしの湯量は珈琲豆の倍だと知っていたが、適当にやっていたので計ってみたら予想以上に多く必要だった。湯温36.5℃、蒸らし45秒で淹れたらいつもと違った。美味しい酸味堪能小川洋子著『からだの美』読む。爪先、指、首、背中、皮膚、視線・・・の美を感じ納得できる言葉に変換する才能に感嘆。読んでいて気持ち良い。

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本当の楽しさって(下)

2023年05月03日 | 日記・エッセイ・コラム

遠足の後、「たのしかった えんそく」(黒板に先生がそう書いた)の作文の時間。「見たことを よくおもいだして かく」 という注意もあった。波風立男ちゃんの作文は、オヤツのこと、朝の海苔と玉子のおつかい、妹のこと、迎えに来た友だちと学校へ行ったこと、出発式始まるまでグランド隅の鉄棒で遊んだこと、家に持ち帰った大きなカタツムリを入れるセロハンの窓つきの箱を作ったこと。そして最後に「楽しい遠足でした。」と書いた。

先生の赤ペンは、「えんそくで もっと たのしいことがあったのではないですか。そこがだいじです。えんそくの まえと あとよりも」みたいなことが書いてあった。珍しく真剣に書いた作文だったのになあ。
波風立男ちゃんが遠足という行事で最も記憶している「たのしかった」ことは、非日常のオヤツ、海苔つき握り飯、遠足専用のリュックサックと水筒、母親の上気した顔、羨ましそうな妹の眼差しや声、興奮した友だちの様子、それがだんだん盛り上がり遠足の「出発式」で頂点を迎えた。それは興奮なので「見えるように」は書けないし、それを表現できる言葉を持っていなかった。だが立男ちゃんは、間違いなく一番楽しかったことを、よく思い出す手間なくすらすら書いたのであった。

赤ペン入れを仕事にしてきた波風氏。この時の先生と同じことをしてきた気がしてならない。幼い時の忘れたはずの記憶が、一昨日の遠足の夢でひよっこり出て来た。
もうひとつ記憶。四半世紀前に引率した修学旅行後の生徒の作文が忘れられない。一番思い出に残ったことを「(たった一人の同級生の)U君と学校とは違う場所だったせいか、いつもと違って深い話をできたことだ」というのがあった。僻地中学校3年生5人、うち男子2人。保育所時代からずーっと一緒。作文の良し悪しよりも、成長していく人間の姿、作文の意味を教えられた気がした。


画像は、記憶の青い水筒。プラスチック以前のアルミ製。蓋がカップで小さな磁石がついていた。ずうっと後で、地図とセットで使うと便利で不思議な道具だと知った 筍の残りでメンマ、筍と豚肉とシメジでつけ汁作った。今日の昼はラーメンで無くウドン若い時は何が分からないかが分からないからいっぱしのこと言うが、歳いって何も分かっていないことが分かると布団から頭だけ出して聞くラジオで高橋源一郎氏が。

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本当の楽しさって(上)

2023年05月02日 | 日記・エッセイ・コラム

玉子が買えない。玉子代は家にあるが(笑)、売り切れだとか鳥インフルエンザで入荷できませんのお知らせがどのスーパーにも(涙)。波風家は、生協宅配で定期購入(10個ケース)しているのだが、そういうお客様にだけはいつも通り配達しますとの連絡。目玉焼き大好きでパンを常時焼いているので週10個では足りなくなる。
ママヨさんとそんな玉子の近況を話したり、連休に2人で遠足しようと話して寝たら、小学生の時の遠足の夢を見た。玉子→ゆで卵→握り飯→海苔→作文、という場面をカラーで。

玉子と海苔は各10円で、20円をしっかり握りしめ往復500歩先にあるツカザキ商店に買いに行くのが遠足朝の立男ちゃんの大事なおつかい。薄皮に包まれた海苔つきの梅干しとオカカのオニギリ、ゆで卵1個が遠足のお弁当。これと、水筒とオヤツをリュックサックに詰めた頃には遠足の興奮がただならないものになっていた。これを夢で見た。

思いだしたのは、前日の夕方に母が買ってくれた「50円以内のオヤツ」をリュックサックから取り出してはためつすがめつ眺めていたこと。妹が、にいちゃんはいいなあと言い、母がかわいそうだから早くしまいなさいと言っていたなあ。海苔のオニギリも、私も私もにいちゃんと同じの、と大きな声でせがみ握ってもらって喜んでいたなあ。(次回に続く)


画像は、遠足定番高級オヤツのキャラメル。不思議に森永のミルクキャラメルではない。このデザイン、遠足前の夢のような楽しさ表現。色も花も時代を超えた見事さ 庶民に知らされずにどんどん進む民主主義の崩壊と経済の不安。地方選の政党チラシに「戦争か平和か」の争点。これはちょっと違う感じ。戦争か暮らしか、じゃないかないただいた筍で筍寿司、京蕗の煮物、蕨の煮物。春を舌全体(前は腹一杯だった)味わう。

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ママヨさんの筍

2023年05月01日 | 日記・エッセイ・コラム

ズッドーと音がするような筍イラスト、ママヨ作。一生懸命描いているので何気なく見たら、ずっどーんだった。実に筍で、波風氏のタケノコは明らかに負け。ウーム、恐ろしや、絵でも負けるとは(涙)。山裾から頂上を見上げ武者震いし、断崖の登れる筋を見極めながらジグザグに向かっていうな感じ、滑落の危険性大。面白いなあ。同じ物を描いてこんなに違う、あたり前だけれど。

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