「道標求めて」の救国運動が時勢の動きによって翻弄されたことがよく見えてくるのはいい。清の琉球の脱清人への配慮は当時清―フランスの戦争が起こっていたことなど、それはアヘン戦争は有名だが、念頭になかった。なるほどだった。いちはやく西洋をコピーして近代化の路線に乗った日本に清は西欧列強の力に推されて弱体化しており、そこへ日本が押し寄せた形になったのだろう。その中で、日ー清戦争による清の敗北の現実を見せつけられ、沖縄は日本への同化の路線に走っていくことになったと見たらいいのだろうか。明治27年(1894)―明治28年(1895)の8か月間の戦争が朝鮮をめぐる権益の争いであり、その後の日ー露戦争に続く歴史の流れは、絶えず大陸の脅威に襲われていた島国日本のパラノイア的精神構造もあるのは見えてくる。また朝鮮半島の歴史がかなり身近に迫ってくるのもその通りだ。清の冊封国(属国)だった朝鮮半島の国家体制もある面で琉球とも類似している事が分かる。日ー清戦争を経て台湾を植民地にしていく日本がある。その過程の中で沖縄は近代化の遅れの中で足掻きながら半植民地的施策の中で日本へ同化の道をひた走る。しかし、旧慣温存のせいでもないと思うが、口語の世界が中心だった総合大衆芸術沖縄芝居は娯楽の中軸を占めた。と一般大衆の動向が研究対象ゆえにそこにまた目がいく。
社会のヒエラルキーが変わっていったのも近代だ。いち早く1900年代から移民としてハワイあたりに渡航していった沖縄の人々は先見の眼があったのかもしれない。貧困の中で生きぬく手段として「移民」があったのだね。
現在の中国―韓国ー日本ーロシア―アメリカー琉球・沖縄の関係性は近代の帳から読み解いていくと、現代のアンチ―テーゼ的、あるいは鏡としても、今を見る視点を深めてくれるようだ。
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