
夏休み、フェロー諸島から帰ったばかりの崎原さんのお話をうかがったのですが、とても興味深かったです。琉球諸島のようなフェロー諸島ですね。言語復興が成功した事例のお話が聞けそうですよ。言語政策がどう推移するか、沖縄の現実は厳しいかと思います。『復帰しなければー』とのことばが聞こえてきたりします。なぜでしょう?言語に関する限り、日本語ではなく琉球語(首里・那覇語)が母語になっていた可能性は高いのでしょうか?戦後復帰しなければ、琉球諸語は復活したのでしょうか?それも怪しいですね。米軍統治の27年間に琉球諸語の修復はなされませんでしたね。英語が公の言語にもなりませんでした。教科書は日本語でした。近代の66年間に培われたものは簡単に崩れなかったのですね。皮肉です。
明治12年に、日本に併合されいなければ、残酷な沖縄の地上戦はなかったのかもしれませんね。しかし少なからず、日、中のどちらかが攻めてきた可能性はあったのですね。あるいはイギリス、アメリカ、フランス、ロシアなどの艦隊もやってきた時代ゆえに、どちらかの国々の植民地になった可能性もあったのかもしれませんね。いずれにしても近代の帳は大波が押寄せていたのです。琉球王国が生き延びる可能性はどうだったのでしょう?国際法で守られたでしょうか?ブータンのように、ネパールのように国家を維持できたのでしょうか?もしあの時、のドラマは想像はできますね。もし琉球国が併合されなかったらの仮定で物語ができます。フィリピンはスペインにもアメリカにも植民地にされたのですね。台湾、朝鮮半島も植民地になったのでした。そしてその前に日清戦争があり、さらにその前にアヘン戦争がありましたね、西欧列強が押寄せていました。
お昼時、中国人留学生とおしゃべりしたのだが、明=モンゴル人、清=満州人が支配者だったのですね。現代は漢民族の支配下の中国ですね。琉球国と冊封関係をもったのはモンゴル人と満州人だったのです。漢民族ではなかったのですね。でも福建省の人々の多くは漢民族だったのですね。沖縄の生活習慣が福建省やその近くの省と似ている事を彼女から知りました。江南省でも沖縄と似たお墓があるとのこと。また道教、仏教の寺があり、沖縄と同じようにお墓のピクニックのような「清明祭」をするとのことで、どうも中国の慣習を取り入れた琉球だったことがわかります。
フェロー諸島(フェローしょとう、英語: Faroe Islands、デンマーク語: Færøerne、フェロー語: Føroyar)は、スコットランドのシェトランド諸島およびノルウェー西海岸とアイスランドの間にある北大西洋の諸島。デンマークの自治領でありデンマーク本土、グリーンランドと共にデンマーク王国を構成する[1]。面積は1398.85km²、人口は48,219人(2006年1月)。中心都市はストレイモイ島のトースハウン。フェロー諸島共和国という国名でデンマークからの独立主張がある[2]。
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(地域の旗) | (地域の紋章) |
地域の標語:なし地域の歌:汝、私の最も麗しき地
公用語 | フェロー語、デンマーク語 |
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主都 | トースハウン |
最大の都市 | トースハウン |
ブラウンバッグミーティング転載です!https://jp.linux.com/linux-community/blog/236-mirainoitsuka/342648