■リオデ五輪・パラリンピックメダリストパレード(日本橋三丁目交差点付近)
10月7日から10日まで3泊4日の日程で東京へ行ってきました。
今日のブログは、東京滞在初日、リオディジャネイロ五輪とパラリンピックのメダリストらによるパレードについて書き込みたいと思います。
リオディジャネイロ五輪とパラリンピックのメダリストらによるパレードが7日、東京・銀座の中央通りで行われました。
コースは、銀座8丁目交差点から、日本橋室町の三井不動産本社前までの約2.5キロをパレードするということで、東京駅の日本橋三丁目付近で見学することにしました。
今回、8日に開催された孫の運動会の応援で東京へ行く予定をしていて、ラッキーなことにリオ五輪とパラリンピックのメダリストによる合同パレードが開催されるということで、その時間に合わせて上京しました。
仙台発午前7時52分、東京着午前9時23分、パレードは午前11時からと開始時間にはたっぷり余裕があったことからベスト席を確保できるのではと思いました。
私が見学した場所は、JR東京駅八重洲中央口から程近い中央区日本橋三丁目交差点付近でした。
現場に到着したのは午前10時前でしたが、既に沢山のお客様がフェンスの前に座っていました。私も一人だけ割り込ませていただき、パレードが行われる道路のまん前に席を確保することができました。
午前10時頃には、警備員の方が、四車線道路の二車線を両側から車道側にフェンスを移動し、パレードを間近に見学できるようにしてくれました。
これで、メダリストをもっと近くで迎えることができるのかと楽しみが膨らみました。その後、警備員のアナウンスで、沢山の観客が気持ちよく見学できるために、フェンス前の人は座らずに立って待ってください。とマイクで呼びかけられました。
パレードが始まるのが1時間後、日本橋三丁目まで来るのはその後の30分後、約1時間半の時間を立って待っているのも辛いと思いましたが、観客の皆さんは、行儀正しく立って待っていました。そんなところが生真面目な日本人の性格なのかと思いながら、仙台から駆け付けた私は少々疲れ気味で、持っていた新聞紙を広げて少々休憩し、その後は、立つなど警備員の指示に従いました。
今回のパレードには、五輪は58人中50人、パラリンピックは38人中37人、合わせて87人が、屋根のない2階建てバスやトレーラー合わせて6台に乗り込み、笑顔で手を振りながら沿道からの大きな祝福の声援に応えていました。テレビでお馴染みの白井健三選手の満面の笑顔が印象的でした。
昼休み前の時間帯でしたが、近くのオフィスビルからは、沢山の観客が窓から手を振り声援を送っていました。そういう私も、手をありったけ振りながら、「おめでとう!!おめでとう!!」と大きな声援を送ってきました。
パレードが通過した後、午後0時頃に東京駅中央八重洲口に戻りましたが、午後0時15分頃、朝日新聞では、パレードの号外を配布していました。
日本橋三丁目付近を通過したのが午前11時40分頃だったので、その後、余り時間を置かないで号外が出たのにはびっくりでした。
観客は約80万だったそうですが、4年後の2020年、東京オリンピック・パラリンピックでは、メダリストの数も増えるでしょうし、パレードの観客ももっと増えるのではと思うと、4年後の活躍・感動を再びと期待に胸を膨らませました。
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明日のブログは、今回、東京へ行った最大の目的である孫の大運動会模様を書き込みたいと思います。
孫のアクシデントで残念な結果になりました。