私がこちらに住むようになって、習慣の違いに戸惑うことも多々ありました。
その一つがお盆。
ハハ(姑)に「今日は、お墓参りする日や。」と言われたのは、13日だったか?
15日にと思ってた私は、ちょっと慌てました。夕方、うち揃っての墓参り、
で、また、、送り盆の締めくくりで、都合3回もお墓参り!!
とは言え、そのくっらいの事で異議を申し立てたりはしませんでしたが、
内心、1回で良いんじゃないの?
その風習も少しづつ形を変えていますが、
墓を守るものはお盆の間、お墓の花を整え、掃除もしておかねばなりません。
こちらでは、お墓にビシャゴ(ヒサカキ)を刺します。
生け垣にも使われていますが、庭に植えて準備してる お宅も多いです。
里では、毎年 お盆にお寺さんからお経をあげに来てくださいましたが、
こちらでは初盆の家のみ、檀家が多いからかしら??
実家の菩提寺も檀家の多い お寺でした。
だからか?別のお寺から来てくださっていました。祖母たちは、「あんじゅさん」と、呼んでいました。
子供の頃、高い声のお坊さんだなぁ~~って、思っていました。
尼さんって、気付かない位、男前の尼さんでした。
しぐさが男っぽいとか、ではないのです。きっと美人だったと思われるお顔立ちでしたし、、
その尼さんも高齢になって、私がお盆に里帰りしたとき来てくださったのは、
若い尼さんでした。
高校の1年先輩、落ち着いた優しそうな先輩でした。(直接話をしたこともありませんでした。)
彼女が尼になり、後を継いだ経緯は知りません。
けど、その決断は多くの物を手放す覚悟があったと思います。
お経をあげ、相変わらず落ち着いた優しげな様子で、少しお喋りして帰って行かれました。
里の母が入所し、実家への郵便物を我が家に転送手続きをしました。
転送されてくる郵便物の中に、お寺からの法要の案内がありました。
名前に覚えのないお寺です。でも何度か届くので、調べてみたら、、
毎年、お盆にお経をあげに来てくださる尼寺でした。
毎回案内を頂くのも申し訳ないと、事情を書き送りました。
ほどなく、、美しい文字の封書が届きました。
修行をした字だと感じました。温かい心づかいの溢れた文面に感動しました。
人は努力しなくては、得るものは無いのだと思います。
辛いことや悲しい事に耐え、克服していくことで見えてくるものも有るのじゃないかと思います。
よく若い時の苦労は買ってでもしろって言いますが、
若い力のある時は立ち向かう力もあるはずですからね、、