ぬえは今回は欠席させて頂きました~。久しぶりに東京で迎えたお正月。
兵庫県丹波地方の篠山市は宝塚より少し北に位置する城下町で、デカンショ節と牡丹鍋で有名な小さな街です。JR福知山線の沿線なのですが、最寄り駅の「篠山口」からはバスを利用しないと行けない少々不便な立地のため、昔のものがよく残っていて、篠山城趾の周囲には馬隠しやら茅葺き屋根の武家屋敷群などが昔ながらの風情を今にとどめている静かな街でもあります。
ぬえの師家・梅若家は桃山時代まではこの地方を拠点にして活動していました。現代に残る能楽シテ方のうち喜多流を除く四流は「大和猿楽」と呼ばれて当初は奈良を基盤に、その後都に進出した流儀なのですが、ぬえの師家はそれとは系統を別にする「丹波猿楽」の伝統を今に伝えながら、現在は観世流の一員として活動しています。
このブログの開設当初にも書きましたが、ぬえの師家ではそんなご先祖様へ新年のご挨拶をし、今年一年の無事を祈念するために、毎年元朝にこの篠山市で『翁』を奉納しています。もうかれこれ20年以上になりますかね~。毎年大晦日の早朝に東京を車で出発して(経費もかかる事ですし、装束を運ばなければならないから、我々が交代で車を運転するのです)夕方に現地に到着、舞台の清掃をして夕食は名物の牡丹鍋をごちそうになって。そして夜10時頃に楽屋入りをします。そのうちにお囃子方も到着して、上演の準備をすすめているうちに日付が変わり、楽屋で「あけましておめでとうございます」。こんな事がず~~っと毎年続いています。現在では出演する師家の門下は輪番制になって、ぬえは昨年は久しぶりの「千歳」を勤めさせて頂きましたが、今年はお休みでした。しかし、シテを勤められる師匠や、小鼓の頭取を毎年勤められる大倉源次郎さんは、もう20年以上正月はこの楽屋で迎えている、という計算になります。
さて上演する能舞台は、昔ながらの屋外の舞台。それも当地の春日神社の境内に建つ舞台で、これは幕末の文久元年に建てられたものですから、150年ほどの歴史があることになります。このように保存状態のよい屋外の舞台は珍しく、先般 重要文化財の認定を受けました。もう師家もここでの上演も長いので、境内には師匠が『翁』を舞う姿の銅像まで建っているのですよね~。そして0時半に『翁』が演じられます。神社の境内は参拝客でごった返していて、能をご覧になっておられる人もあれば、ガランガランと鈴を鳴らして初詣をする人もあり、知り合いと出会って新年の挨拶を交わす人もあり。もうごっちゃごちゃで、それがまた能の原初の姿を見るようで、かえって厳粛な気持ちになります。舞台に出ている方は身体の芯まで凍ってしましそうですけどね。。
もうずっと以前になりますが、「ゆく年くる年」で生放送された事もありました。これは面白い体験でした。当日は早くから舞台で何度もリハーサルをするのですが、それはこの番組の中では日本中のあちこちの新年の風景を中継するので、そのうち我々の『翁』の順番がまわってくる時間がキッチリと、それこそ「0時3分46秒から4分54秒まで」というように定められているのです。演じる方も、やはりその時刻に『翁』らしい場面を放送して頂きたいから、リハーサルでタイムキーパーさんが細かく上演の様子を記録していて、その計測をもとにして、放映時刻にちょうど良い場面になるように開演時刻を調整したのです。
ところが。。やはり実演というものはリハーサルとまったく同じタイミングで進行させるなんて不可能に近く。とくにこの曲に特有の翁が舞台に登場する「翁渡り」や舞台正先での拝礼などは、どうしてもリハーサルより長短してしまいやすいところで、じつは本番では舞台の正面にくだんのタイムキーパーさんが陣取っていて、「もうすこし早く」「少しゆっくりめに」と書いた大きな紙を演者に見せていました。演者はそれを見ながら演奏を調整する、という、神ワザのような上演でしたが、本番では無事にシテが両袖を拡げて「君の千歳を経んことも…」の場面がちょうど放映されました。
(余談ですが、演者がホッとしたのもつかのま…舞台の正面の下にはお客さまの中からなぜか老夫婦が進み出て、うやうやしくシテにお辞儀をしたかと思うと、お供え物が載った三宝を舞台の先に乗せるではありませんか! あとで録画を見てみたらしっかりアップで写っていて、どうやらテレビ局の「演出」だったらしい。。)
ぬえの師家に入門した門下は、みなこのお舞台ではじめて「千歳」の役を披きます。みんなにとって思い出深い舞台なのです。ぬえが「千歳」を披いたときは、舞台に雪が降り込んできたものだが。。暖冬の影響で、いまではほとんど雪が降ることもなく、気温も高くて舞台に出るのもつらくなくなってきました。そして現在では高速道路が篠山市のすぐそばまで開通したので便利になりましたが、以前は三田で高速を下りてからずうっと山道を走って行ったのです。で、年に一度の上演だから、毎年必ず道に迷うという。(--;) 楽になったのは結構だけど、なんだかなあ、とも思います。
(画像はいずれも昨年の「翁神事」の様子。だって~ ぬえは今年は非番ですからあ)