ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その2=三番叟の錫杖)

2007-01-13 16:54:15 | 能楽
開場よりもずっと前に楽屋に設えられる「翁飾り」ですが、言うに及ばず、これはどう見ても神道式の祭壇ですよねえ。ところが今回の『翁』には小書が付けられていて、その名も「法会之式」。「法会」と言う以上仏教と何らかの関わりがあるのかと思いきや、普段の『翁』とこの「法会之式」との間には、この「翁飾り」を飾り付ける作法にも、また上演の際の演出の違いもほとんどないのです。

敢えて普段の『翁』との違いを考えてみると、最も大きな相違点はやはり「詞章」でしょうね。
千歳が二度ある「千歳之舞」の最初の舞を終えたところ、常には
千歳「君の千歳を経る事も、天つ少女の羽衣よ鳴るは瀧の水日は照るとも」
地謡「絶えずとうたりありうとうとうとう」…と謡うところ、「法会之式」の場合には
千歳「所千代までおはしませ」地謡「我等も千秋さむらはん」
千歳「鶴と亀との齢にて、所は久しく栄え給ふべしや鶴は千代経る君は如何経る」
地謡「絶えずとうたりありうとうとうとう」

…となり、また翁が謡う文句も少し変わってきます。常には
翁「ちはやぶる、神のひこさの昔より、久しかれとぞ祝ひ」地謡「そよやりちやンや」のところが、
翁「松や先、翁や先に生れけん、いざ姫小松齢くらべせん」地謡「そよやりちやンや」

…となり、「翁之舞」のあとにも普段にはない
翁「萬歳の亀これにあり、千年の松庭にあり、実にめでたき例には、石をぞ引くべかりける」
地謡「君が代は」…となり、これより小異ながら普段とほぼ詞章
翁「千秋萬歳の祝いの舞なれば…」

…に続きます。しかしながら型は「翁」も「千歳」も、これといって普段と大きな違いで演じておられるわけではないようでした。

ぬえはシテ方なので、このような違いはシテ方の領分しかわかりかねますが…。しかし舞台上で他のお役の方が演じておられる事をよく注意していたところ、諸役とも、やはり普段の『翁』とは微妙に違う点があるようです。小鼓の打出しの手が少し長くなったり…。しかし、大きな違いもないわけではありませんでした。それは「三番叟」が「鈴之段」で、鈴ではなく「錫杖」を持って舞ったのです。

「揉之段」のあと「面箱持ち」が「三番叟」に向かって「さあらば錫杖を参らせ候」とおっしゃったので、地謡に出ていた ぬえは聞き違いかと思ったのですが、「三番叟」に手渡されたのは、なんと錫杖の頭部の金具の部分でした。わかります? 錫杖の頭部に取り付けられている、金属の輪がいくつか付けられた金具で、ちょうど「三番叟」が普段使う鈴と同じような長さ。普通の錫杖の頭部の材質はその名の通り錫製だと思いますが、今回は金色で、遠目で見れば普段の鈴と見まごうもの。「三番叟」がこれを振ればやはり鈴と同じように鳴るのですが、その音色は錫杖らしく「シャラン!シャラン!」と、普段の「三番叟」では聞き慣れない音。

これが「法会之式」の際のキマリなのかどうか、「三番叟」役の野村萬斎氏に聞く機会はありませんでしたが、『翁・法会之式』で“仏式らしさ”を感じたのは、唯一この錫杖だけだったと思います。