ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

綸子ちゃん、がんばってをりますっ(続)

2009-06-09 11:07:36 | 能楽

ただ。。正直に言って、いまの綸子ちゃんは去年の彼女とは違います。去年はがんばって薪能で見事に子方を勤め上げて栄冠を掴んだ綸子ちゃんだったけれど、薪能が終わった後しばらく稽古にもブランクができてしまったし、その間に綸子ちゃんも中学生になり生活も一変、勉強にも部活にも忙しくなってきて。

そのうえ前回の『嵐山』は薪能での上演では上演時間の制約もあり、眼目の「天女之舞」も少し短縮したのですが、今回は東京での定期公演での上演とあって省略や短縮は一切なし。去年覚えた舞の型にさらに大きな追加の型を覚えなければなりません。そんなこともあってか、今年になってようやく稽古を開始しましたが、ん~、なかなか軌道に乗らなかったというか。このブログで今年 綸子ちゃんの稽古の報告をしていないのは、そういう事情もあったりします。

いえ、結局綸子ちゃんは新たに加えられた型も覚えました。笛の唱歌もきちんと覚えて、チビぬえを連れての伊豆での稽古でも去年のようにうまくシンクロしています。この週末のお稽古では、舞台で起きる可能性があると考えられるかぎりのアクシデントの状況を再現して、その対処の仕方を教えるところまで進んできました。そういう意味では綸子ちゃんへの稽古も もう仕上げの段階にあります。

余談ですが、じつはこのアクシデントへの対処の稽古というのが子方の稽古ではとくに大切なのです。「もしも」長絹の露が天冠に引っかかって取れなくなったら。。後見が外すけれども、それができる場面は限られているから、それまでは無理に引っ張らずに片手が頭に上がったままで演技を続行する。そのつもりでの稽古もしておきなさい。「もしも」扇を落としたら。。自分で拾ってはならない。やはり後見が渡すけれども、これもタイミングの問題があるから、それまでは扇を持っている「つもり」で演技を続行する。これもやっておきなさい。「もしも」緊張のために次の型がわからなくなったら。。その時は隣で舞っている チビぬえをチラ見しなさい。でも顔を向けてはだめだよ。。「もしも」「もしも」。。それでも続行が絶対条件です。そして、「もしも」アクシデントが起こったり間違えたりしたら。。それでもともかく続行。そしてその事故なり失敗なりを引きずらない。その次の演技を万全にこなせば、とりあえずその場では、アクシデントはなかったことにしてもらえる。。

ぬえの要求は厳しいかもしれないけれど、それを乗り越えてもらえれば、当日は不安なくお役を勤められる。最後は笑顔で楽屋を後にしてもらえるように ぬえは心を配っています。そして綸子ちゃんの稽古とは別に チビぬえには「お前は絶対に間違ってはならない」と指導しています。それでも。。それでも、どんなに注意を払って、どんなに事前にシミュレートを重ねていても、意表を突くアクシデントってのは起きるものなのですけれども。。

こうして綸子ちゃんのお稽古は、まずまず形になってきましたが。それでもなお ぬえには不安が残っています。去年の、あの一生の晴れ舞台に臨んだ綸子ちゃんのテンションと今の彼女は少し違う。「あ、しまった」「あ、こうじゃなかった」。。稽古でもこういうことがまだ、そりゃ、ほんの時々ではありますが、起きたりしています。結局は稽古不足。。の一種。。と言ってしまうのは酷かもしれないけれど、能の舞台の本番は一度きりで、そこで起こる失敗は、消しがたい後悔となって自分に残る、ということが、もう一つ現実感となって彼女に迫っていないのかなあ。。

結局は「覚悟」なんです。どんな理由があっても舞台の上では言い訳できない。その覚悟があれば結果的に失敗に終わることはない。ただ、この「覚悟」だけは他人の心の中に醸成させるのは本当に難しいです。そりゃ、腕力を使えば簡単に植え付けることはできますけれども。。そしてもう一つは「責任感」。お客さまに対する責任。そして信頼されてお役を頂戴したことについての責任。信頼されて任されたことは ありがたいと思って成果を出すことでご恩返しをして喜んで頂かなければね。

ぬえは綸子ちゃんにはこういう、心の中に持っていなければならない必要な条件という面では全幅の信頼をおいています。それだけはハッキリ言っておきたいです。技術を伝えることでも、シミュレーションの稽古でも心残りはありません。ただ、伊豆を離れて東京の舞台に立つ喜びと、それから「恐ろしさ」は、伊豆での稽古では伝え切れていないかな、という思いも残ります。

今週から いよいよ綸子ちゃんは東京で稽古能、申合に臨むことになります。お囃子方や地謡も参加するこの場で、公演が実感となって感じられて おそらく綸子ちゃんは変わって、去年のあのテンションを取り戻すことでしょう。それまで自宅での稽古にも課題を出して、それを克服するよう言ってあります。ご家族にも協力をお願いしてあります。公演前日まではともかく稽古。このブログが公演の言い訳になってはならないですから、それまでは ぬえも全身全霊、綸子ちゃんをサポートしてあげたいと思います。

がんばれ~、そして、もっと がんばれ~!!