長井あやめ公園のそばには「長井一の宮 總宮神社」があります。
約5000平方mの境内には老木が生い茂り、社殿・拝殿・神庫などが荘厳なたたずまい。
坂上田村麻呂が東進の際に神社を建てたのが始まりと伝えられています。
1593年(文禄2)米沢城主蒲生氏郷が、長井郷50余の神社を合祀し総宮神社となったそうです。
静寂に包まれた境内。
神仏習合の名残でしょうか。
傍には「遍照寺馬頭観音の本尊で伝承では、鎌倉時代羽黒の僧「運慶」の作と言われているそうです。
「木造馬頭観音菩薩立像」です。
真言宗金剛山遍照寺は豊山派長谷寺を本寺とし「奥の高野」とも呼ばれた置賜でも古い寺の一つ。
伝承によりますと奈良時代の行基の開基と言われておりますが、蝦夷の地出羽国にありました遍照寺が奈良時代に創建されたというのは無理があります。
佛教の東北伝導の歴史から考えますと、平安の初め(9世紀)に徳一が会津に恵日寺を開いて南奥に佛教を広めた時と見るのが妥当であるといえるでしょう(H遍照寺Pより)
お墓の横に地域猫ちゃんがいました。
お守りについていた鈴を鳴らすと、近づいてきてくれました。
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