新コロナで、ヒトママは自粛中ニャン♪
甘えられる、甘えたい・・・
できるだけ僕を見てほしいニャ♪
もう、やニャ。
どうしてお写経に夢中なの?
かまってニャン♪
新コロナで、ヒトママは自粛中ニャン♪
甘えられる、甘えたい・・・
できるだけ僕を見てほしいニャ♪
もう、やニャ。
どうしてお写経に夢中なの?
かまってニャン♪
最初の手作り布マスクとの出会いは、秋保温泉に向かう途中で立ち寄った「秋保ヴィレッジ」でした。
たまたま限定期間で、十数名の作家さんの手作り布マスクが販売させていました。
KIKIさんの猫たくさんのマスクに一目惚れ。
私の人生の中で、マスクは学校の給食当番のイメージしかありません。
マスクなんて、大嫌い!
息苦しくて、話づらい!
敏感肌なので、マスクすると、こすれて赤み、かゆみが出てきます。
それでもつけなくてはならないのなら、せめて大好きな猫、猫マスクなら頑張れる!
ある日、creemaというサイトに出会いました。
たくさんの作家さんが出店されています。
勿論、マスクだけではないのですけど。
それで色々な作家さんたちから、愛にあふれた可愛い猫たちを分けていただきました。
皆さん、心を込めて作っているから、うれしいお手紙も添えられてきます。
メールのやり取りも楽しく、素敵な作家さんに出会えたと、心から嬉しいと思いました。
こんな大変な状況の中、人の優しさに触れることで、随分と心が癒されました。
仕事では白マスクですが、プライベートな時は、この猫たちに守って頂いています。
感謝です!
2011年3月11日4時46分18秒に東日本大震災が起こりました。
もうすぐ10年が経つのですね。
私の人生の中では、この大震災が一つの区切りになっていて、震災前、震災後と記憶を整理しているところがあります。
日本周辺における観測史上最大の地震でした。
仙台市立荒浜小学校遺構に行ってみました。
外観は懐かしい校舎の形ですが。
体育館は無くなっていました。
二宮金次郎の銅像も、こんなさらし状態のまま。
あの2階の上くらいまで津波は押し寄せたのでしょう。
1Fの教室。
震災後はこんな感じだったのですね。
階段を上ると、また津波の傷跡が。
広範囲で東日本大震災は影響しました。
上の階に行くと、震災関係の書籍が読めるスペースもありました。
時間がそこで止まってしまったような教室。
この地域にこんなにたくさんの家があって、生活があったんだよね。
震災でそのすべてが一瞬で、無くなってしまったのです。
荒浜小学校は地震の後、避難所として使わました。
こんなスペースで家族が身を寄せて、この冷たい床の上で避難していたのですね。
仮設のトイレ。
ビデオ室で当時の地震の様子、避難してくる住民、津波のことが流れました。
心が締め付けられるくらい、苦しかった。
なんにも無くなったこの荒浜地区。
車で少し海岸に向かうと慰霊塔がありました。
この地区で亡くなった方々のお名前が刻まれています。
どんな気持ちで命を失ったのかと思うと、こんなにたくさんの方々が…と。
なんとも言えない気持ちになりました。
若かった頃、とても短い間でしたが、この荒浜でサーフィンをしていた時期があり、サーファーの仲間たちと砂浜でバーベキューをしたり、ほとんど地元のサーファーが多かったので、家飲みをしたりして楽しかった記憶しかないです。
本当に本当にバカ騒ぎして、家のお父さんやお母さんも優しくて。
津波で、そんなみんなの家、すっかり無くなってました。
怖かっただろうに。
悲しかっただろうに。
合掌。
海は昔のまま、凛として美しい海岸線です。
東日本大震災があって荒浜エリアは壊滅したけれど、みんなで過ごした若い日の楽しかった思い出は、今でも私の心で輝いています。
いつまでもあの日のまま。
「ステイホーム」そんな言葉が美徳のように言われ続けた、2020年春。
最後の遠方旅行は、3月の四国遍路ツアー。
3食付きで、ご飯、天婦羅、汁物代わりにうどんが出ることも多々あり。
食が細い私にとっては、食べるのが大きな負担になってました。
いただいた食事を残すというのは、私にとっては気持ちのよくない行為なのですが、途中で気が付き食べ過ぎないようにしました。
それでも胃腸の調子が悪くなる一方。
体重も増えました。
ツアー終了後は自宅の保存食材を食べて、極力お買い物は控えていました。
のちにジムは一時的な休業になり、私は運動もせず、サウナも入らない、とても不健康な状況になりました。
主に、乾麺などを茹でて食べる日が続いていました。
麺好きなので、麺生活に抵抗はなかったんです。
でもツアー後も胃腸の具合が良くなく、度々起こる腹痛、便秘に悩まされました。
4.5KG太ったところで、ジムが再開となり、サウナ仲間に「太ったね!」と言われ、「お互い様」などと談話していたのですが、なかなか痩せてこないんです。
特に、お腹周りの脂肪が目立ちました。
ある日ふと、この頃、蕁麻疹が出るようになってきたなと気が付き、これは食物アレルギーからくる肥満ではないか、と疑うようになりました。
その頃は、毎日連続で小麦摂取が常態化していました。
数年前のigEとigA食物アレルギーフードパネルの結果表を出してきてみると、
結構いろんなものに反応が見られますが、その結果を手にしたころの私は、あまり本気で気にしてなかったのです。
一番重要なのは、このレポート。
見ると、主に乳製品や卵、ナッツ類は食べてはいけない体質なのです。
そしてこの時点ですでに小麦など一部の食物は、ルーティーンな摂取を禁じて、3日毎に摂取できるとなっています。
すでにこのデータは東日本大震災前のデータですから、食べ続けた結果、アレルギーが増幅している食物もあるはずです。
「これだ!」と思いました。
食物アレルギーは太る原因になりえます。
アレルギー症状を引き起こす食べ物を食べることによって、腸に攻撃が加えられ、細胞膜が傷つき、細胞が老化してしまうのです。
細胞膜が傷ついて、酸化が促進されてしまうと、細胞が老化して、栄養が十分に吸収できず、代謝も悪化してしまいます。これにより、痩せにくく太りやすい体質になってしまうのです。
食物アレルギーは老化を促進して、太る原因になるようです。
それで、食物アレルギーを除去する食生活の見直しを行い実践しました。
牛乳やヨーグルト、ナッツなどは食べなくても生活できました。
パンは月に2~3回、サンドイッチやハンバーガーを頂く程度で、パン抜き生活も苦しくはなかったです。
でも私にとっては、麺を抜くのはとても辛いことでした。
ラーメン、そうめん、蕎麦、パスタ大好きなんです。
それに調味料にも小麦は色々と使われています。
パスタ、そうめん、は止めれましたが、ラーメンは中毒性のある食べ物なので、やめるのは難しいです。
ラーメンを食べるとお腹が痛くなるようで、できるだけ食べないようにはしています。(小麦、小麦グルテン、かん水が影響か?)
夫が、十割打ちで天婦羅もそば粉で揚げているお店を探してくれたり、家族のささやかな協力も必要です。
結果、毎月1.5kgづつ体重減少し、2ヵ月半で2.2kgの脂肪量を落とすことができました。
3ヵ月もすると、こんなに制約のある食生活にも観念するようになり、楽しみを除去する食事にも少し慣れてきたような気がします。
内科医からは、大腸検査を勧められていますが、見立てでは過敏性腸症候群(IBS)と診断され、ツムラの大建中湯(100)とガスコン、ミヤBMを処方されています。
ツムラ100を飲み始めてから、腹痛が少しだけ改善されたので、気持ちが楽になりました。
多分ですが、食物アレルギーとIBSも全く無関係ではないと思っています。
子供のころから、アレルギーの体質は持ち合わせていたのですが、自粛の生活という型にはまったことで、ストレスにも関連していたようにも思います。
これからも食物アレルギー除去生活は、意識して行っていきたいと思っています。
コロナ自粛の間、車1台分の粗大ごみを捨てました。
海外旅行用のトランクが2個もあって捨てるつもりでしたが、急に閃いてしまったのです♪
ハロウィンやクリスマスをコスプレして、ジムで踊るのが毎年恒例だったのですが、その衣装の行方が適当過ぎて、いざ使おうとすると、ウィッグはどこにしまった?とか、クリスマスとハロウィンの衣装がバラバラになっていたりして。
一年に一度しか使わないから、忘れてしまうんですよね。
それで海外旅行サイズの旅行バックに全てを仕舞うことにしました。
これで完璧、あちこち探すことはないでしょう。
とびきりの閃きと思います。
しかしよく購入したものだと我ながらに関心というか、呆れるというか。
今年はコロナ対策でマスクしてコスプレすることになるんだろうけど。
そんな不自由さのなかで、楽しめるのかな?
どうなんだろう???
もしかしたら今年はスルーなのか、それは状況次第ですよね。