「寺山修司の俳句入門」寺山修司著(光文社文庫)を読む。
高校生の寺山が書いた文章を読んで私はガクゼンとした。
私は、高校生のころ何を考えていたのか。
恥ずかしくて思い出せません。
寺山修司は、十四歳で俳句をはじめた。
寺山と私を比べてはちゃんちゃらおかしいが、
同じ人間として私は忸怩たる思いになります。
ラグビーの頬傷ほてる海見ては
車輪繕ふ地のたんぽぽに頬つけて
花売車どこへ押せども母貧し
燃ゆる頬花よりおこす誕生日
林檎の木ゆさぶりやまず逢ひたきとき
島影や火焚きて怒りなぐさめし
便所より青空見えて啄木忌
寺山修司が十五歳のときの句です。
彼は、俳句、短歌、詩、そして演劇にすすんだ。
いや、単純にこうは書けない。
いろんなことをした人だ。
私は高校生のときに、寺山修司が作詞した歌を聴き、うたい、
二十代に彼の短歌を知り、何冊か本を読み、
天井桟敷の芝居を四、五回観に行った。
しかし、私のことです。
深く寺山修司を知ってはいない。
私は、すべて中途半端です。
この本を読んで、あらためて寺山修司の“チカラ”を知った。
高校生のときにこんな文章を書いていたなんて。
私なんか、五十六にもなってこのテイドです。
なんかすべてやめたくなりました。
私は、なにもせず、なにも書かず、
自分を嗤いながら酒でも呑んでるしかないですね。
高校生の寺山が書いた文章を読んで私はガクゼンとした。
私は、高校生のころ何を考えていたのか。
恥ずかしくて思い出せません。
寺山修司は、十四歳で俳句をはじめた。
寺山と私を比べてはちゃんちゃらおかしいが、
同じ人間として私は忸怩たる思いになります。
ラグビーの頬傷ほてる海見ては
車輪繕ふ地のたんぽぽに頬つけて
花売車どこへ押せども母貧し
燃ゆる頬花よりおこす誕生日
林檎の木ゆさぶりやまず逢ひたきとき
島影や火焚きて怒りなぐさめし
便所より青空見えて啄木忌
寺山修司が十五歳のときの句です。
彼は、俳句、短歌、詩、そして演劇にすすんだ。
いや、単純にこうは書けない。
いろんなことをした人だ。
私は高校生のときに、寺山修司が作詞した歌を聴き、うたい、
二十代に彼の短歌を知り、何冊か本を読み、
天井桟敷の芝居を四、五回観に行った。
しかし、私のことです。
深く寺山修司を知ってはいない。
私は、すべて中途半端です。
この本を読んで、あらためて寺山修司の“チカラ”を知った。
高校生のときにこんな文章を書いていたなんて。
私なんか、五十六にもなってこのテイドです。
なんかすべてやめたくなりました。
私は、なにもせず、なにも書かず、
自分を嗤いながら酒でも呑んでるしかないですね。