私は、二十歳のときだったと思うが、
円楽の「藪入り」という噺を上野の鈴本で聴いた。
これがよかった。
ご冥福を祈ります。
11月1日、女房がフラメンコを勉強している教室の発表会が、
新宿のエル・フラメンコである。
それを観に行くために私は明日東京に行く。
7月ぐらいまでは、別に観に行かなくてもいいかな、と思っていた。
女房も「わざわざ軽井沢から観に来なくてもいいよ」なんていっていた。
しかし、よく考えたら観に行くべきだと判断した。
女房だって、自分が一所懸命やっているフラメンコを観てもらいたいはずだ。
(こんなことを書くと、観てもらいたいなんて思ってない、
とあいつは絶対いうに決まってる)
私は、彼女がフラメンコを習い始めてからずーっと観ている。
こんな人間は、女房のフラメンコ仲間でもそんなにいないと思う。
それにしても、よく女房はフラメンコを続けているな、と思う。
今、1998年の九想話を見たら、女房のフラメンコのことが書いてあった。
たしか、彼女は38歳の頃からやっている。現在、彼女は52歳です。
だから14、5年は踊っているはずだ。
私はあの人がフラメンコに出会ったことはよかったと思う。
それまで女房は、私のことをうらやんでいた。
「ヒサシくんは、好きなことが沢山あっていいね」と。
たしかに私には好きなやりたいことがいっぱいある。
楽器はケーナ、サンポーニャ、リコーダー、尺八、ブルースハープ、
トロンボーン、ギター、キーボードと遊んでいた。
俳句はネットで句会をやっている。
文章を書くのが好きです。
40歳でパソコン通信を始め、いろんなところに書き込むのが趣味になった。
パソコンが好きで、2台も組み立てている。
なんといっても酒、煙草が好きだ(今、煙草はやめてますが)。
酒は、今も飲みながらこれを書いてます。
女房は、酒が飲めません。
アルコールが分解できない体質なんです。
女房がフラメンコを始めてから、生きることに迷いがなくなった。
これだけやっていればいい、という気持ちになっている。
そういう想いが暮らしにも出ていると思う。
生きることに自信を持っている。
これは素晴らしいことだ。
私なんて、好きでやることは沢山あるが、
どれもみな中途半端にしかやっていない。
なんといっても小説を書くんだといい続けながら、
まだまともな作品を書いてない。
30代のとき、文學界とオール讀物の新人賞の、
1次予選にしか通過したことしかない。
楽器も全部へたくそ。
俳句も句会でいつも低迷していて、まったく生きる自信に結びつかない。
女房のフラメンコに対する想いに比べたら、
私の好きなことに対する想いは、たいしたことないと思う。
この発表会に向けてあの人は、フラメンコ教室がない日は、
自分で安いスタジオを借りて練習している。
わが女房ながら感心する。
そりゃそうだろう、おそらく一緒に踊る人たちは、
彼女よりずいぶん若い女性たちだろうから。
年齢では負けても、踊りでは負けない気持ちだろう。
そんな彼女を私は、客席でビールを飲みながら応援します。