そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

「新 脱亜論」 渡辺利夫

2008-09-17 21:08:38 | Books
新脱亜論 (文春新書 (634))
渡辺 利夫
文芸春秋

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脱亜論といえば福沢諭吉ですが、福沢が金玉均らの李氏朝鮮末期の改革派勢力を支援し、朝鮮の近代化を実現することに奮闘したという事実は一般には知られていません。
というか、自分もよく知らなかったし、日本の近現代史教育においてもほとんどスルーされてしまっているのではないかと。
おそらく現在の韓国においても”親日派”のレッテルを貼られて評判がよくない人物になってしまってるんだろうし、日本の教育界における史観もそういった思想に引きずられてしまっている部分もあるような気がしますが。

三百年の鎖国から、一気に帝国主義世界の海へと船を乗り出すこととなった明治期の日本において、大陸から列強の脅威が迫る橋頭保となりうる朝鮮半島の持つ意味合いは極めて大きいものがあった。
日清戦争も日露戦争も、そしてその後の中国大陸への進出も、朝鮮半島がロシアをはじめとする列強の手におちることをなんとしても防ぐという命題の延長線上にあった、と。
明治初期から太平洋戦争にいたる日本外交がたどった道筋を、陸奥宗光、小村寿太郎といった政治家の、リアリズムに基づいた硬骨な外交姿勢を詳らかにしながら紐解いていきます。
いわゆる”保守”史観に基づく論じ方になっていますが、韓国や台湾の植民地経営について積極的に評価できる側面があることについては、今の保守派政治家が言葉足らずに”失言”してしまうのと違って、数値データも紹介しながらの論理展開なので理解しやすくなっています。

日英同盟という”海洋国家”同盟を廃棄せざるを得ない状況に陥り、中国大陸への関与を深めていってしまったことがかつての日本の過ちの本質であり、21世紀初頭の現在においても、負の歴史に学ぶことが重要であり、”海洋国家”同盟である日米同盟を堅持し、東アジア共同体などという幻想に惑わされて中国の地域覇権構想に飲み込まれるべきではない、というのが著者の主張です。
かつての日英同盟と現在の日米同盟をアナロジーで語るあたり、やや説明不足な感は正直しますが、東アジア共同体という発想が多分に概念的で情緒的でリアリズムに欠けるものであるという感覚には共感できる気がします。

著者自身、司馬遼太郎の影響を多大に受けていることを認めていますが、この本にはいわゆる”坂の上の雲”的”司馬史観”を見て取ることができます。
明治の人は偉かったのに、昭和初期の軍部(陸軍)がそれを台無しにした…ってヤツです。
確かに結果的に見ればその通りなんだけど、明治の日本人も昭和戦前の日本人も、加えて言えば戦後世代の我々も、日本人という点では同じなわけで、そうそうその気質や能力が変動するようなものでもないような気がします。
いずれにしてもあまりにシンプル化されたレッテル貼りは、却って物事の本質を見誤ることにつながってしまうような。

あ、ちなみに本著がそういう安易なレッテル貼りをしている、という意味ではありません。
明治から太平洋戦争までの東アジア外交史を概観するのにもってこいの内容だし、冷静かつ情熱的に日本外交の現在と将来を憂いている心情が伝わってくる良著だと思いました。
コメント
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