光のない海 | |
白石 一文 | |
集英社 |
主人公は、従業員500名の中堅建材商社の社長で、経済小説みたいな雰囲気で話は始まってゆく。
が、読み進めるほどに、主人公やその周囲に縁を得た人々が体験してきた、悲劇と愛憎に塗れた過去が紐解かれ、その壮絶さに驚かされることになる。
その紐解かれる過去は極めてドロドロしたもので、それらが少しずつ明かされることにより、先を読む興味が喚起される。
他方、小説の語り口や登場人物たちの造型は淡々としており、語られる過去の情念が中和されるところに妙味がある。
例えば、主人公の会社がある水道橋・神保町界隈や、会社の寮がある浅草橋、かつて暮していた川崎の地理が、実名入りでかなり詳細に説明されるあたり、読む側に冷静な印象を与え、現実感が生まれる。
食べものや飲みものに関する描写が多く登場するあたりからも地に足がついた安心感を覚える。
主人公を含め、3組の家族の悲劇的な過去が詳らかになってゆくのだが、それら3本の線は絡み合うようでいて、絡まない。
ラストはやや曖昧で、ミステリとしてパズルのピースが埋まる快感を求めて読み進めた向きにはやや物足りなさがあるかもしれない。
が、その曖昧さにこそ、人の世の、人の生き様の複雑さと深みが反映されているように思う。