橋を渡る | |
吉田 修一 | |
文藝春秋 |
1章〜3章までは、都議会野次問題とかマララさんとか雨傘革命とか2014年の実際に起きた出来事を絡めながら、(3章の最後を除き)特に大きな事件も起こらない3種類の日常の物語を淡々と描いてゆく。
特に大きなことは起こらないのに、惹かれて読まされてしまう筆力の高さはここでも抜群。
そして、それでいながら、どこか不穏さを抱かせる、違和感の醸し出し方が実に巧い。
その不穏さは、何かの伏線であることは、容易に感じ取ることができる。
伏線は第4章で回収されるのだが、その回収の仕方がとにかくぶっ飛んでいる。
ネタバレになるのでこれ以上書けないが、あまりのぶっ飛び方に呆然となってしまった。
吉田修一は、どこに行こうとしているのだろうか?
前作『愛に乱暴』は昼メロみたいな作風だったが、この小説はなんと表現すればよいのだろう?
リュック・ベッソンのB級映画みたいな、というか。
実験的な小説なのかもしれないが、とにかくチープなのだ。
そのチープさは意図したものなのか、それが限界だったのか。
なんとなく個人的には後者であるとしか感じられず、どっちかというと失望してしまった。