オウム事件の後「何であんなエリートたちが、あんな犯罪に関与したのか」と散々議論されたものだった。じつは私の知人(友人ではなかったが)でも、オウムに入信した人がいた。彼は、お受験の偏差値が高かったという、偏差値エリートとしてのプライドと自尊心は高かったが、読書量も少なく、高校までに人生や社会について深い思索を重ねたことがなかったようだった。中味は薄っぺらく、考え方は幼稚だった。自尊心は高いが、自分に能力のないと、それを覆い隠すように、寄らば大樹と教条的な教義を掲げる組織に思考を預けてしまうと、自分で考えなくてよいので楽になる。そうした点で、日本会議に入る方々のメンタリティにも同質性がある。物理的なテロではないものの、完全に言論テロリズムだ。いまこれを放置すると、本格的な国家テロの時代に突入するだろう。 . . . 本文を読む