三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

幾春別・炭坑住宅

2011年01月20日 06時35分53秒 | Weblog





昨年から何回か、札幌ー富良野の間を往復して
その道すがら、いつも気になっていた建物があります。
写真なんですが、三笠市から山道に入る直前の集落・幾春別にある建物。
四季折々にその表情を見てきて
やはり強く気になってくる。
ということで、今回ついに写真に収めてみた次第です。
川の畔で、背景に山地が迫っているという
そういった配置だけでも物語性が感じられ、
さらに、規則的な三角屋根の同一形状のプロポーションが、
心に迫ってくる。
炭坑住宅。

北海道の経済は、基本的に資源収奪型の植民地的構造。
江戸期、あるいはその以前から
日本経済圏からの資源収奪が行われてきたと言える。
江戸期にはにしんなどの木綿生産のための金肥出荷基地。
そして、石炭が発見されてからは
本州大手資本による利権独占を経て
炭坑発掘がメインになった。
そうした作業労働力として、
全国から農家の次男三男層が集められ、集合して住んだ。
産炭地と呼ばれる地域で、こうした集合住宅がたくさん建てられ、
そして、どんどん捨て去られていっている。
そういったなかで、この幾春別地域では、
この炭坑住宅に人の暮らしが感じられています。
建物は、人が住んでいるとそこそこに表情が出てくる。
どんな風に暮らしているんだろうか、と
興味が湧いてきて、つい訪問したくなるような雰囲気が醸し出される。
北海道には、いわゆる歴史を感じさせるような建物は少ないといわれる。
でも、この炭坑住宅群は、確実に歴史そのもの。
ひとのくらしって、留めておくっていうことはできない。
写真で伝えたり、ドキュメンタリーとかで残すっていうことはあるけれど、
空気感とか、人間くさいたたずまいとかは
やはり、住み続けることでしか作り出せない世界。
この写真でいえば、雪かきしてあって、
家としての機能を果たしている様子などが
遠景であっても、見えてくるような部分がある。
で、人間は「いごこち」とか、「住み心地」のようなものを
想像するなかで、感受する心が育ってくる。

現代、まだこんな住宅での営みがあるということに
残っているウチに、ピンナップする必要があるのかも知れませんね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする