リキデンタルオフィス 医療関係者向けブログ

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ただの知覚過敏?

2014-01-23 07:51:23 | Weblog
治療終了後、冷たいものやあったかいもので特定の歯がしみる症状が治らなく、
前主治医にただの知覚過敏と診断され、予防歯科という意味で毎月1回通院する時に
しみ止めを塗ってもらっていたが症状が一向に良くならないという悩みをもった人が、
以前当院に受診してた方からの紹介できた。

当院受診時口腔内の所見は添付する写真で見ていただきたい。

提示してる資料だけで、患者の主訴の原因がわかるDrには分かるはずである。
受診時、明らかな原因があるので、同日に対処し経過を見ることにした。
私のこの経過観察は原因を除去した上での経過評価のための経過観察である。
因みにもう一つの主訴である#25のうずく感じというものにも対処は行なった。

なんで知覚過敏が起ってしまったのか?
この事例は 歯肉炎、歯周病が原因? 磨き過ぎが原因?
そんなワケないことはすぐ分かる。

なら 咬合が原因?  結論から言えば、この事例は咬合が原因だが、
では何故主訴の症状が起ってしまったのか? そして
どのようなことを目的におき対処をすればよいか。 
この様な状態の場合、単に咬合調整すればよいという問題ではない。
おのおのの病態の発生機序を的確に判断することは勿論だが、
その病態の発生原因に的確な手技で対処しなければならない。
この症例の知覚過敏はこれから起こりうるある疾患の
初期段階のサインである。〝ただの知覚過敏″ではない。

この症例からもいえることは、付け焼刃の対症療法は無力である。
初診時の口腔内診査において、修復・補綴処置を計画する場合は
それらを行ってもよい口腔内の状態か、もしくはそれらを行う前に
環境改善しなければならないかの判断をしなければならない。
結局この自費診療でやった補綴物を含む、そのほかの修復物も
殆どやり直さなければならない症例である。

予防歯科って?

2014-01-14 07:50:08 | Weblog
昨今、多くの歯科が予防歯科について宣伝している。
しかし中には間違った考えのもとで予防歯科に取り組んでいるところもある。
定期的に医院で口腔内の器械的清掃をすることが予防であると考えてるみたいである。

予防に積極的に取り組んでいるという歯科医や歯科衛生士に今迄多く会ってきたが
『あなたの考える予防歯科の定義を聞かせてください』って訊ねたとき
的確な定義を話してくれた人はほとんどいなかった。
ネット上でも、予防歯科について、定期健診などで歯周病や虫歯を予防し
健康増進を促進するといった大まかな要旨はほとんど同じであり、
その内容も的確なことを述べてるものにお目にかかったことはない。

予防における根源とすべき定義の一つは〝患者のセルフケア″である。
もう一つの医療側の根源とすべき定義というものはここでは明記しないが、
患者が医療側に自身の口腔内管理を丸投げすることは予防ではない。

症例を提示する。
50代の女性、中程度のペリオに罹患している口腔内である。
この様な口腔内でペリオに関して我々がまず行うべきことは、
すぐに器械的清掃を行うことより、患者自身にセルフケアの大切さを
身をもって分かってもらうことである。
ゆえ、毎日のブラッシングを今迄以上に気をつかうことを覚えてもらう。
そうすることでプラークだけでなく、ある程度の歯石までとれることを
理解してもらう。医院側による器械的清掃はその後行うべきである。
このブラッシングの威力を患者がわからなければ、定期的に医院で
我々が清掃しても意味は全くない。
これは非常に時間がかかることだが、予防歯科においては基本中の
基本である。このモチベーションが確立したときの口腔内の予後を
皆さんの医院でも実践して観察・確認してもらいたい。

またこのことにおいて我々は患者の記録(口腔内写真とレントゲン)を
撮り続けなければならないが、医療人であるなら当たり前のことである。
予防歯科を掲げるならなおのこと。

永遠の0

2014-01-05 21:34:14 | Weblog
新年明けましておめでとうございます。
皆様にとって 本年も良い年でありますことを心より祈念申し上げます。

さて、本年度最初のブログは、、、
今話題のこの映画。。。
戦時下における日本の歴史の中で、今の我々に戦争の悲惨さや
平和を呼びかけるという内容よりも、人としての生き方や美徳を
訴えかけた内容と考える。まだ見てない方は是非見ていただきたい。

この映画の中で、現在の若者を象徴したワンシーンが非常に印象に残った。
青春の思い出としてコンパで恋愛に熱中するのは悪いことではないが、
捻じ曲がった歴史認識とそんなことより今を楽しむことの方が大事、
難しい話はよくわかんないからどうでもいい、…
ジブリ映画『コクリコ』にもあった
〝過去の記憶を捨てることは、
  人が生きて死んでいった記憶をないがしろにするということ″
                 この一節と相重なるものがある。

今年の8月で先の大戦より69年目をむかえるが、激動の大正、
昭和の時代のを生きてきた方々、いや、戦火を生き抜いた方々にとって、
現代の平和ボケした我々の思想とは非常に嘆かわしいものではないだろうか。

年末年始 私は広島の原爆資料館と呉の大和ミュージアムに行ってきたが
過去にも長崎の原爆資料館、沖縄のひめゆり資料館などにも足を運び、
映画ではこの映画、硫黄島からの手紙、出口のない海、などを見て、
戦時下『耐え難きを耐え 偲び難きを偲ぶ』時代に翻弄された日本人の
姿につくづく尊敬と敬愛の念を抱く次第である。

先人達は人のために生きた世代である。それゆえ我々は自分達の恵まれた
環境や暮らしが、人柱となった方々や日本復興に尽力した先人達の賜物で
あるということを忘れてはならない。英霊を偲ぶべきとまではいわないが
せめて敬意をいだく心だけはなくしてはいけないと思う…

今回はエッセイ風になってしまった。。。